18輪 ページ18
ボトリ、と不器用な音が響く。
スニーカーに自分の涙が零れ落ちていたことに、Aが動揺した声をだしてから気が付いた。
「えっ、あっ、ど、した、いや……ち、違うよね。えっと、えーっと」
慌てたように心操へ近づいたり離れたりしているうちに、心操は嗚咽を漏らし始めた。絞り出すようにして、一言、
「俺のせいで……すみません、でした……」
「……何、が？」
Aはいつになく元気の無い声だ。それは心操がよく分かっていた。
「俺が、怪我を、させてしまったから」
喋ろうとしてもヒュっと喉がなり、なめらかに話せない。涙を流していることも羞恥的な感情を得てしまうのに、加えて腕で涙を拭うことなんて出来ない。ただ自分の古くなったスニーカーに涙が染み込んでいくのを見守るだけだ。
「気にしてないよ、そんなの」
本当に気にしていない様子の、間の抜けた声。
「そんなことで悲しまないでよ」
どこか叱るような彼女の口調。まるで自分のことを気にしていないその口調に、心操は声を荒らげる。
「そんなことじゃないです！俺は、俺にとって、貴方の演奏は、音は……音は……」
"音"は、なんだったのだろうか。
彼女に伝えたい言葉は山ほどあるのに伝えれない。今、自分が彼女にどんな感情を抱いているのかすらも分からない。
ただ、「違うんです」と否定の言葉を繰り返し続けるだけだった。
自分の頭に重みを感じた。それがAの手であったことはすぐに分かった。
「ねぇ、付き合ってよ」
突拍子もない言葉。返事を返すまもなくAは話を続ける。
「コイビトになったら、今すぐ君を抱きしめても許されると思うんだよね」
ゆっくりと撫でるようにして手が動く。その時、心操にはAがどんな表情をしているのかわからなかった。
だが、その時だけ、彼には間違いなく彼女の"音"が聞こえた。
「私、今ね、君のことを抱きしめたいんだ」
寂しくて辛い。
彼女の、そんな音がした。
その低い声も、枯れそうな声も、自分のせいだと思ってしまうほどに心操はAのことを考えていた。
だから彼は、静かに彼女の肩に額を置いた。
Aは何も言わないまま、ただそっと心操の背中に手を添えた。
Aにはわからなかった。想像力がなかったから、というのもあるが、交友関係が狭く細いというのも関係があったのだろう。
彼がどうして泣いているのか、まるで検討がつかなかった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 47人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
桜芽杏(プロフ) - にょるとさん» 閲覧ありがとうございました！ピアノの曲のようなお話、と言っていただき、私の作品への思いと夢主たちの物語にこもった気持ちが伝わっているのがわかり、とても嬉しいです。こちらこそわざわざコメントまでありがとうございました！ (2021年9月12日 11時) (
レス) id: 4e2ed4ed51 (このIDを非表示/違反報告)
にょると(プロフ) - 本当に本当に素晴らしいピアノの曲のようなお話でした…！！素晴らしい作品をありがとうございます！ (2021年9月12日 3時) (レス) id: 4a7d856f5b (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
