16輪 ページ16
不意に頭に飽和する言葉の数々。それに戸惑っていた時、彼は始めてその異変に気づく。
「あれ、Aさん、手……赤くないですか」
サッと隠そうとしたが、「あー」と困ったようにして心操に見せるように手を上げた。
「大丈夫！ちょっと突き指？っぽい感じだから！」
「でもピアノを弾く時、困るんじゃ……」
そこまで言って思い出す。
彼女は自分を助けた時から手を痛めていた。自分を助けるために手を痛めたのだと。
駅のアナウンスが鳴り響く。
「大丈夫！」
駅の改札を通りながらAは明るい声で、人々の騒音にかき消されない声で言った。
「しばらくコンサートないから！」
じゃあね、と大きく手を振りながらAの姿は消えた。
彼女が嘘をついた。
心操はその不信感と疑問感を抱えたままその日を過ごした。
どうして彼女は明日コンサートがあることを隠したのだろうか。
どうして彼女は痛くない素振りを見せ続けたのだろうか。
どうして、どうして彼女は。
心操の心情など気にもしないようにアナウンスが響く。
開演の合図だった。心操はズボンの布をギュッと握りしめた。
Aが現れ、拍手が起きる。姿を直視できないまま下を向いていると、ヒソヒソと近くの主婦の話し声が聞こえる。
「ねぇ、あの子、手に包帯巻いてない？」
心臓が大きく打つ。
「あらやだ、ほんとだわ。大丈夫かしら」
高く、大きく、うるさく、痛く響き続ける。
(俺のせいだ)
恐る恐る顔を上げようとした。上げなければいけない。彼女の姿を見なければいけない。
それが今、自分に出来る彼女への謝罪だと思ったのだ。
(あ……)
目が合った。ピアノの椅子に座る彼女の黄色い目が、こちらをみて微笑んでいた。
その日のメドレーがいつもと少し違った。変調、アップテンポ、ローテンポ。しかし全てがマイナーで聞いたことも無い、癖の強い曲。
少女はいつも小川の岸を歩いていた。
しかし今日は、大海原の水面を走っていた。
(全てを呑み込んでいる)
今まで聞いたことのない、今まで聞いてきた音以上の音。
その場にいた心操や観客、全員が彼女に目を向けていた。
それから1時間、ほとんどノンストップで響き続けた音に、ただの一瞬、異変が起きた。
──音が歪んだ。
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桜芽杏(プロフ) - にょるとさん» 閲覧ありがとうございました！ピアノの曲のようなお話、と言っていただき、私の作品への思いと夢主たちの物語にこもった気持ちが伝わっているのがわかり、とても嬉しいです。こちらこそわざわざコメントまでありがとうございました！ (2021年9月12日 11時) (
レス) id: 4e2ed4ed51 (このIDを非表示/違反報告)
にょると(プロフ) - 本当に本当に素晴らしいピアノの曲のようなお話でした…！！素晴らしい作品をありがとうございます！ (2021年9月12日 3時) (レス) id: 4a7d856f5b (このIDを非表示/違反報告)
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