【文スト】ふぅん、私に逆らうんだ？【太宰治】

71#身勝手 ページ28

只の知り合い。

そう思い込もうとする度に、鮮明に思い出されるあの場面(シーン)。

私があの場から立ち去る前に、確かに見てしまった。

女性が太宰の外套を掴んで彼に体を預けていたところも、

その女性の腰に、太宰が手を回していたところも。

右から左へと流れていく景色の中、私は切なさを知った。

身勝手だって判ってるけど、今日はもう探偵社には戻りたくない。

次太宰に会った時、話しかけられた時、今の自分には如何するべきかが判らない。

屹度、上手く目を見て話せない。

兎に角彼に、会いたくない。

弁明して欲しいと願う自分もいるけれど、其れを容易には信じられないと思うから。



平日だからか人気のない公園で、暫く時間を潰していた。

日が高くなって来た頃、探偵社に休みの連絡をする決意をした。

敢えて個人の携帯に掛けなかったのは、一種の賭けでもあった。

もし太宰が出てしまったら、其れは其れ。

固唾を飲んで、一瞬プツリと切れた呼び出し音に続く声を待った。


「はい、此方武装探偵社の


『Aです。すみません、依頼ではなくて。』


…なーんだ、Aか。で、如何したのー？」


出たのは乱歩さんだった。

何時も通りの明るい調子の声に、少し頬が緩む。

携帯の奥から、国木田さんの怒号が聞こえる。

其れは私に向けてのものなのか、太宰に向けてのものなのか。

…はたまた、何方もか。

其の場にいないうえ、はっきりとは聞こえない私には少しばかり判断しかねるけれど、

何方にしろ説教の有無とは関係なしに戻る気は微塵もない。


『今日はもう休ませて頂きます。…少し、体調が優れなくて。

連日申し訳ないのですが……書類は凡て明日こなしますので。』


其れだけ云って返事を待たずに、

失礼します、と謝罪を残して電話を切った。

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