【文スト】恋と帽子と包帯と。

5*過去と葛藤。 ページ5

今日は散々だったなぁ。


帰宅するなり、寝台(ベッド)に思いっきりダイブする。


…本当、あんなに神経が擦り減る思いをしたのは久し振りだ。


滅多にない単身での潜入捜査、


数週間ぶりに治に会ったかと思えば抱きつかれるし、


其の現場に中原さん…嗚呼、中也さんが現れて、


帰りの車内で名前呼びの幹部命令。



『忙しかったなぁー…』



「お疲れ様です、A。」



『うぇあっ！？』



一人の空間の筈なのに、突如聞こえた声に驚き、勢いよく跳ね起きた。


其処に居たのは教授眼鏡の兄、坂口安吾。



『…うん、お疲れ。』



兄弟なのに、何時も敬語を使うものだから非常にやりづらい。


とはいえ、感謝している部分も勿論ある。


治や織田作に逢えたのは、他でもない此の兄のお陰。


とあるバーで知り合い、仲良くなった。


よく四人で、他愛ない話をしながら飲んでいた場所。


今も、私たちの其の繋がりはその儘だ。


ただ一人を、離れてしまった“時”に残して。


…織田作は今も屹度、私たちを見守って呉れている筈。


失ったものは、過ぎてしまったものは、二度と戻らない。


だから今度は、大事なものを失わないように。


手離してしまわぬように。


今側にあるものは、偶然其処にあるわけじゃない。


深い深い、何かの繋がりと意味を持って其処にある。


彼の一件で、強く其れを感じた。


けれど私は、未だに闇の世界で生きている。


あの日、治の差し出した手を払って。



『本当…何がしたいんだろ、私。』



自分でも、何故あの手を払ったのかが判らない。


ただ、咄嗟に。


反射的に、一緒に行こうと掴まれた手を、払ってしまったのだ。


何が、したいんだろう。


私は、私が判らない。

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