【KING OF PRISM】伝説の女だけど放っておいてほしい√ユキノジョウ (ページ50)

今日:2 hit、昨日:3 hit、合計:23,360 hit

＊＊＊ページ50

叶わない恋をしている。それが切ないものなのだと知っていたが、感じたことは一度もなかった。感じることさえないと子供の頃は思っていた。

　今でも俺は、十年前の恋に恋をしている。

　初恋の人の人生を奪った責任をとって太刀花家へと招き入れたが、ある日彼女は家から姿を消してしまった。
　何処にも行けないはずだから、両親が追い出したのだとすぐに思った。俺は家出し、太刀花家とは縁を切って今までずっと生きてきた。

　だが、父上の病を知って俺は仕方なく太刀花家の門を潜る。ここに来るのは十年ぶりだ。最後の記憶は、Aと一緒に縁側から見た生涯で一番美しい月虹だ。

「…………」

　こんなところまで来たのに顔を合わせづらかった。ぐずぐずと庭園を徘徊し、あの頃と何一つ変わらない池を見下ろす。
　そして、俺は異様に傷ついた岩に気づいた。何かの車輪の軌跡が池へと続いている不思議な傷だ。

　俺はその跡を撫で、見覚えがあることに気づき、それがAの車椅子の車輪であることを思い出す。

「…………ぇ」

　何故、Aの車椅子の車輪の跡がこんなところについているのだろう。頭で理解するよりも先に、感覚がすべてを悟っていた。
　あの日。誰もいなかったはずの太刀花家。先に帰っていた両親。何故か買い物を頼まれて帰りが遅くなったこと。

　それが何を意味しているのか。池に近づくにつれて細くなっていく車輪の跡が何を意味しているのか。

「……ぁ、あ、あっ……！！」

　気づくべきではなかった。隠されていた方が幸福だった……？

　そんなことはない。こんな大事なことを何一つ知らないまま、のうのうと〝俺だけ〟生き続けることはできない。

「うっ、うっ……！ッ！うわああああああああああああああ！！！！」

　今でも俺は、十年前の恋に恋をしている。

　何一つ甘い思い出なんてない。甘酸っぱさだけがじんわりと広がり、酸っぱさを残して〝甘さ〟だけが消えていく。

　ただ一言の「あいしてる」でさえも、酸っぱさへと変わっていった。

END