第五十八話 ページ14
去年のちょうど今頃だった。
寮長になることが全てだと、そのために必要なものはなんとしてでも手に入れると思っていた時に現れたのが、アズール。
VIPルームで僕は彼と初めて出会って、話して、力を手に入れた。
全ての毒薬の調合を完璧にこなせる力。
対価が必要だった。
僕には何も無い。何も渡せるものが無かった。
美貌も、学力も、体力も。
兄たちに勝てるものは何も。並べるもの、が、一つ。
兄たちの中に一人いる。彼は歌を仕事にしていた。
僕の方が上手だったけれど、一家の中で歌手は二人もいらない。
『歌声は…』
対価に、なった。
僕の持て余していた価値は、必要なものへと入れ替わった。
廊下を歩く。
歌を歌ってみる。
鍵を閉められたように声が出ない。
怖かった。得体の知れない、知れているけど体験したことの無い恐怖。
廊下をひたすら走った。
呼吸ができないのを、足が震えるのを、視界が眩むのを、疲労のせいにしたくて。ランナーズハイでうまく前向きな気持ちに切り替わらないかと期待して。
けれど一度だけ立ち止まった。
宝物を落としてしまったから。
さっき対価にならないと却下されたそれは僕の大切な宝物だった。
拾わなきゃ。
振り返った床には何も無く、代わりに一人、僕を見ていた。
吊り橋効果だったのかもしれない。不安を感じる場面では恋に落ちやすいとよく言われる。
汚れた世界に、青く美しい光が射し込んだ。
手に持っているクリアファイルを差し出される。｢ありがとうございます｣とだけ言って、普通に喋ることはできるんだと安心して、また走った。
その夜何度も考えた。金色の瞳に汚れて映った自分の姿を。そして毎晩悩んだ。一度会っただけの、会話もしたことのない人間の目が、評価が、異常なほど気になった。あの綺麗な人に、汚れた人間だと思われたくないと思った。それほどまでに僕は彼に、立派に一目惚れをしていたんだと思う。見よう見まねで努力するたび、先輩たちにアドバイスを乞うたび、僕は綺麗になっているはずなのに彼の視線は冷たい。
汚れた僕を知っているからだ。
着飾っているとバレているんだ。
一度あんな姿を見られてしまったから、もう取り返しがつかないんだ。
途端に周りの視線が怖くなった。美しくならなければ。魔法で手にした力で毒薬だけは完璧に調合できた。でもこれだけじゃ足りない。
僕は分からなくなった。
周りの視線の意味も、自分がどうしたいのかも。
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りーふ(プロフ) - 本っっ当に素敵なお話で大好きです！文章が繊細で綺麗で、だけど重みがあって、、読んでいて不思議な感覚でとても引き込まれました。主人公君の感情の描写も複雑に書かれていて、とても素敵でした。完結おめでとうございます。素晴らしい作品をありがとうございました。 (7月2日 9時) (
レス) @page20 id: f6a41edea5 (このIDを非表示/違反報告)
悠 - 凄く面白かったです！つられて涙が出そうになるシーンもあり感情移入してしまいました。今後も楽しみにしています。 (2021年9月29日 11時) (レス) @page16 id: 45e8a4f7b3 (このIDを非表示/違反報告)
ベルモット - 文章のお色気がすごい伝わって来ました。夢主とヴィル、ユウの関係性が好みでした。イデアとも。 (2021年7月30日 16時) (レス) id: 88ef9ef77c (このIDを非表示/違反報告)
(名前)(プロフ) - 見ていて引き込まれる文章だと思いながら読んでました。とてもこの作品が好きです。 (2021年7月17日 21時) (レス) id: 137cf07f9f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ラウカ | 作成日時：2021年5月20日 1時
