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車のドアを閉めて、シートベルトをする。
「じゃあ、出発しますよ。」
「お願いします」
「家の場所、カーナビに印つけてもらってもいいですか?いちいち聞くの、めんどくさいので」
「あ、はい。…ここです。…っ」
カーナビをタップしていた私の手を掴まれる。
伊野尾さんの手は、とても綺麗だった。
こんなに綺麗な手でいつもお酒を作っているのかと思うと
もう一度あの店へ行く価値はあるかも知れない、そんな呑気なことを考えた。
「山田さん、彼氏ですか?」
なぜそんなことを聞くの?
そう言いたいけど私の口は言うことを聞かない。
「元カレ、です」
「元カレ…へえ、そうなんですか。でも仲良さそうでしたね」
「あれは、私も驚きました。いつもはあんなことしないんです」
Aがそう言ったあと、会話は何もなかった。
車の中は静寂に包まれる。
そんな中静かな空気をAのスマホが破る。
「誰だろ…涼介。はぁ」
Aはイヤイヤ電話に出る。メールって言ったくせに。
でも本当は嬉しい。
ため息をついておきながら心は真逆の気持ちだった。
「何?メールって言ってたじゃない」
〔Aの声、聞きたくなった〕
また、期待させるようなことを。
「あのね、一体どういうつもり…」
〔涼介ー、まだぁ?誰と話してんのよぉ〕
違う女の声。
聞きたくない
聞きたくない
聞きたくない
そんな気持ちがAを支配して、電話を切った。
それと同士に、やっぱり自分は涼介の隣にいることはできないと悟った。
他の女といるのにどうして私に電話かけたの?
そんなに自分の女を自慢したかった?
私に苦しい思いをさせて、楽しかった?
もう、嫌…
私の心を悲しいという感情で埋めつくされて、涙が溢れてきた。
「どうして…っ。」
「…大丈夫ですか、Aさん」
そうだった、伊野尾さんいたんだった。
どうしよう、他の人の前で泣いてしまった。
「ごめ、なさ…」
「大丈夫ですよ、何があったのかは知りませんが、大丈夫ですよ。私がいますから」
伊野尾さんは、赤信号の間だけ胸を貸してくれた。
信号が青になっても伊野尾さんの車は進まない。
周りに車がないから止まってくれているんだろうな。
伊野尾さんのその行動は、傷付いた私の心を癒すのに十分だった。
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作者名:白雪姫 | 作成日時:2016年8月18日 16時