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「──なるほどね。だから愈史郎に絵を教わっているんだ」
「別に教えていない。俺が描くところを見せてやってるだけだ」
甘露寺はキメツ学園の卒業生で、今は芸術大学で絵を学んでいるらしい。将来は自分の描いた絵で世界中の人々を幸せにするのが夢だとか。
その一貫で、珠世の絵を嗅ぎつけ、愈史郎に弟子入りしたというわけだ。
「しのぶちゃんから私の話は聞いていないのかい? それなりに交流は続いているんだろう」
「お互いバタバタしてたから、会えた回数もそう多くはないけれど、特に聞かなかったわ。先生だもん、守秘義務とかあるんじゃないかしら?」
「律儀だねえ……」
肩を竦める。生徒の個人情報とはいえ私の存在をあの蜜璃にすら洩らさないとは、産屋敷の情報統制には恐れ入る。
いや……彼女のプロ意識がそうさせたのかもしれない。
「なあ愈史郎、蜜璃ちゃんが出入りしていたなら言っておくれよ。近況報告定例会じゃなかったのかね?」
「別に聞かれなかったし、言っていたらお前、なんだかんだと理由をつけて逃げようとするだろう」
「……なんで分かるの」
「言わせるつもりか?」
「はいはい、四百年の付き合いだものね」
「えっ? 逃げるの? なんで?」
視線を湯呑みから上げないところから察してもらいたいものだが、そうもいかないらしい。というより彼女にとっては存在すらしない選択肢だったのかもしれない。
「こいつはな、前世の顔見知りに会って、面と向かって罵られるのが怖いんだとさ」
「はあ? 何を見当違いなことを。蜜璃ちゃんだって多くの人々の仇の妹である私には会いたくなかったろうし」
「へ? そんなことないわよ」
「え?」
斜め前に座る愈史郎に机の下から足を伸ばして蹴りを入れてやっていたが、蜜璃のあまりにあっさりとした返答に思わず顔を上げてしまう。
目が合った彼女は「やっと目が合ったわ」とにっこり微笑んだ。
「さっきも言ったけど、私しのぶちゃんや伊黒さんとよくお食事するのね。で、この春からよく話題に上がる生徒がいたの。名前も洩らさなかったし、ほとんど愚痴だったけど、でも、楽しそうだった。あなたのことでしょう、Aちゃん」
「Aちゃん……」
「えっ、駄目だった!? だって、前はA君だったから……」
「いや、好きに呼んで」
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