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以下は、鬼舞辻Aが大正の頃の文体で書いた遺書を、令和の文体に訳したものである。
やあ。
手紙を書くなんて初めてのことで、些か緊張してしまうよ。
それは筆ペン、縦書きで書かれており、達筆で美しい文字だった。授業時とられているノートにその片鱗はなく、現役高校生より少し丁寧なくらいの字だったはずだから、これは正真正銘しのぶたちに向けて書かれたものなのだろう。
こういうときは時候の挨拶から始めるべきなのだけれど、君がこれを読むのが、いつになるか分からないから。
そういうの、苦手であるし。
自然体の彼女が肩をすくめているところが簡単に想像できて、思わず苦笑。
その後も彼女らしいのに素直に言葉へ乗せないはずの彼女らしくない言い回しが続いた。
読み終えたら、私の名誉のために棄てておくれ。
今から語るのは、嘘偽りのない、私の本性であるから。
そもそも、この手紙を君たちが読むことになるかは分からない。これまで繰り返されてきた転生のうち、何度自死を試みても、何かしらの邪魔が入って結局四、五十になるまでは死ぬことができなかったから。
今回も同じような力がはたらいて、今世に留まってしまうかもしれない。
兄上が亡くなられるその瞬間までは、今世くらい、それでもいいかもしれないと思っていたんだ。君たちがいる世界だから。
でも、やはり駄目だ。私は兄上がいる世界でないと、生きていくだけの価値を見い出せない。もうそういう風に創られた魂なのだ。
千四百年余消えることのなかった想いは、君たちがいるからとて、そう簡単に揺らぐことはない。
それでも、死ぬ前に考えることは、兄上ではなく君たちのことだったから。
ここに言葉を遺すよ。
すまない。
きっと私は、君たちに迷惑をかけて死ぬ。
そして、この手紙でも、きっと酷いことを云う。
許しておくれ。
前世、兄上を殺した愛しき仇たちへの、精一杯の嫌がらせだ。
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