第拾幕 贖罪 ページ19
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キメツ学園の最寄り駅から乗り継いで数十分。電車から降りて駅の外に出ると乾いた風が肌を叩いた。控えめにヒールを鳴らしながらこつこつと、閑散とした住宅街を歩く。
共にいる宇髄は普段から癖になっているのか足音がしなかった。幽霊と歩いているようだった。
「ここだな」
着いた場所は人気の少ないアパートだった。階段を上がって三階へ。真ん中に位置する、家主を待っている扉の前に立つ。
宇髄が大家から借りた鍵を使って開ける。振り返って一度しのぶを見た。しのぶが頷くと、ドアノブを捻って開く。
靴を脱いで上がる。玄関にしのぶと宇髄以外の靴は無かった。寒々とした廊下の向こうで、小ぢんまりとしたリビングと簡易的なキッチンが顔を覗かせている。
「じゃ、手分けしてやっていくか。鬼舞辻Aの遺品整理」
「はい」
──Aの死から一週間が経つ。
小さな子どもを庇ってトラックに撥ねられた彼女は、救急車が到着する頃には既に死んでしまっていた。
子どもは幸いなことに彼女に突き飛ばされたときにできた擦り傷程度の怪我しかなく、Aの体もかなり遠くに吹っ飛ばされたため、彼らの心に傷も残りづらいと思われる。
身寄りのない彼女に対し、産屋敷の計らいで小さな葬儀と通夜が行われた。キメツ学園教師と時透兄弟、竈門たちが参列し焼香をあげた。
「……報いですよ」
しのぶの隣で、とても小さく神崎アオイが呟いた。言葉とは裏腹に、意志の強い瞳には涙が光っている。
「前世、たくさんの人を喰い殺したんです。簡単に救われていいはずがないんです」
「……」
数ヶ月とはいえ、共に働いた二人だ。
しのぶの知らないところで、些細な日常が繰り返されていたに違いない。
しのぶは彼女の肩を抱き寄せた。ハッとして涙を拭ったアオイは、しのぶを見上げる。
「でも、しのぶ様。しのぶ様は、泣いていいんですからね」
「え?」
「しのぶ様には、その権利がありますから」
権利。権利か。
Aは生前、しのぶたちの前で兄を想って泣く資格はないと堪えようとしていた。
信じられない台詞だった。過去の彼女であれば、あそこで泣かなかったとしても、精々「君たちの前でみっともなく泣き喚くわけにもいくまい」と理由付けをしていたところだ。
しのぶたちの預かり知らぬところで、彼女は少しずつ、背負う十字架の重さを自覚したのだろう。
どんどん重くなっていくそれにだんだんと身動きが取れなくなって、立ち往生していたに違いない。
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