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「……みっともないところを見せてしまったね」
「……お互い様です」
「それもそうか」
泣き疲れて、Aとしのぶは屋上の柵にもたれかかって座り込んだ。
他の教員は二人を気遣って授業に行ってしまったようだ。どこの教室も授業中で、先までのざわめきはない。静かな屋上で風が涙の跡を撫でていた。
「……しのぶ」
「なんです?」
「私は、過去に人間を喰ったことを、後悔も反省もしていない」
しのぶはしばらくの沈黙ののちに、はい、と頷いた。
けれどね。続けたAの声にそちらを見る。
「輪廻転生を繰り返し、君たちと過ごして……命の尊さは
「……それは、反省というのでは?」
「……どうかな」
ふふっと笑って、視線を空に戻した。飛行機雲が青空に一直線を描いている。
隣でAも笑ったのがわかった。
「もう少しだけ生きてみるよ」
「……」
「兄上がいない世界は、今すぐに死んでしまいたいくらい辛いけれど……私が死んだら、泣いてしまう人がいるから」
「……はい。そうですね」
どこからか、授業をする教師たちの声が聞こえた。チョークで黒板を擦る音や、ノートが捲られる音も微かに感じる。
しのぶとAはしばらく、その音に耳を澄ませていた。
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肩の応急処置をして、その日は授業に出ることなく帰宅することにした。しのぶが心配し家まで送り届けようとしていたが、一人で帰れるからと断った。
今世でも死に損なったが、不思議と気は晴れやかだった。恐らくこの先、何度も死にたくなる衝動が訪れるだろう。それでも私は踏みとどまるのだ。命から目を逸らさないために。兄上の渇望する明日を、私が見届け、来世に繋がなくてはならないから。
「!」
目の前の横断歩道にふわりと落ちる帽子。ランドセルを背負った女の童のものだ。隣にいた少年が咄嗟に踵を返し、帽子を取りに戻る。
そのときだった。帽子を拾おうとしゃがむ小さい勇者に気づかないトラックが、スピードを落とすことなく突っ込んできた。
「──!!」
咄嗟に? こんな見ず知らずの幼くか弱い何かのために、私が?
信じ難いが、事実なのだから仕方ない。
あ〜あ、しまったな。何やってるんだ私は。さっきしのぶたちと約束したばかりじゃないか。
私は口の端を持ち上げる。最後に見る景色は憎いほどに眩かった。
恨むよ神様。全てお前の思い通りかい?
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