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風呂トイレ別、できるなら駅近、即入居可、そして家賃は安ければ安いほどいい。
不動産屋に駆け込み、いかにも体育会系みたいながっしりしたお兄さんは、不躾に条件を突きつけた私に嫌な顔ひとつせず全ての項目に当てはまる賃貸物件を紹介してくれた。「訳ありだけど、お姉さんなら平気でしょ！」と謎のお墨付きと神経の図太さに言及する妙に馴れ馴れしい態度を添えて。
二日後に出社が迫っている以上、荷解きや大型家具を揃えるためには物件は早々に決められるのが理想的だった。
本来なら荷物を片付け、就職以来ずっとお世話になっていた部屋を十分に労り、そして合間にリモートなり何なり使って賃貸契約をして余裕を持とうとしていた。
それはよりにもよって有給休暇消化して引越し準備を進める私を働かせるほど酷い企業じゃないだろうと高を括ったからだ。
今ならこの判断は確実に間違いだと断言できる。
現実はというと、最悪なことに同僚の尻拭いをさせられた挙句、段ボールに雑多に荷物を放り込んでクリーニングを専門業者に委託すれば高い料金を請求され、住む場所すら決まらないまま北海道の地に立っている。地獄で責苦を受けているかのような仕打ちだが、残念ながらこの世のリアルである。
そう、その結果、掴まされたのがこの事故物件なわけだ。
部屋の隅に蹲るようにフローリングに座り込む黒い人影を横目に買っておいたコンビニおにぎりを貪る。上顎に張り付く海苔を舌でなぞりながら、どうしたものかと考えた。
私はいわゆる『零感』で、今までの人生で一度たりとも幽霊を見たことがない。
しかし、これはどうだろう。室内灯に見合わないほど黒く濃い影が落ちた幽霊(と思しき人物)は、血色とは無縁の薄青い姿でいる。空気に色を付けられるならこんな色だろうな、と思うような曖昧な不透明さ。周囲に溶けるようで、しかし風景とは明らかに影の濃さが違い妙に存在感がある。幽霊なのだからひっそりしていればいいのに、存在の異端さ故かどうにも存在が濃い。顔どころか服装すらわからないが、背丈もそこそこあり肩幅がしっかりしているため、おそらく男性だろう。
幽霊さんは、内見に入った昼頃から現在までぴくりとも動かなかった。唯一動きを見せたのは荷物を運び込む最中で、引越し業者のお兄さんたちが透けた体内へ容赦なくめり込んでいた時だけ。無遠慮に貫通しつつ作業する業者さんたちから逃げるように横にずれていた。正直面白かったのは言うまでもない。
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作者名：エコ | 作成日時：2023年4月10日 23時
