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44話 ページ45

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もうそれ以上何も聞かなかった。
指に触れれば自然と絡まり唇が重なる。彼の名前を呼ぶ心地よさも、耳を甘噛みするような愛しい声色も。これ以上ない幸せはここにあるのに、胸は締め付けられるばかりで。それでも、彼の前で涙を見せるわけにはいかなかった。

ふと手が解かれ、彼から優しい微笑みが零れ落ちていく。その瞬間に何かを感じ取ってしまい息を呑んだ。離れてしまった指先は、もう戻ってはこない。

「Aは先に出た方がいい、私はもうしばらくここに残るよ」

『....そう、そっか。もうそんな時間....』

いつしか日はすっかり傾き、青かったはずの空は飲み込まれてその眩しさの面影を消しつつあった。席を立ち私に背を向けた彼が静かに私達の関係に終止符を打つ。纏めていた手荷物を手繰り寄せ、私もまた彼に背を向け畳から手を離した。じんわりと胸に込み上げてくるものを溢れないよう噛み締めて、何度も宙を切った声にようやく音を乗せる。

『....じゃあまたね、傑』

声は震えていた。今にも泣き出しそうだと、そう主張してる他なかった。"また"なんてあまりにも強欲で身勝手な呪いなのに、意図せず本能はその言葉を選んで心に強く刺さる。
怖かった、ここから一歩踏み出すことが。もうずっと前から後戻りなんてできなかったのに、今更怖気付いては涙が溢れてしまいそうになる。
最後らしい勇気も出せず畳に足を擦らせた、そのときだった。

「A」

背後から彼の腕が伸び、強い力で抱き寄せられた。ぐらついた視界と跳ねた心臓に呼吸すらも忘れてしまい浅い息が漏れる。体に回された腕は微動だにせず、ただ名残惜しそうに力を加えては私を一切として離してくれなかった。
栓をしていたはずなのに、視界がぼやけ次第に大粒の涙が頬を伝った。それでも必死に息を殺して彼に悟られないようにと願った。もう、その優しい声には応えられない。
なのに傑は最後まで、私を赦してはくれなかった。

「好きだ、愛してる」

たった一言の飾らない愛言葉。あの夜にだって何度も愛を囁き合った。心に届くよう、お互いだけに向けた愛で言葉に化粧を施して。そのどれよりも単調だというのに、どんな想いよりも深く、切なく、愛おしくて仕方なかった。
死ぬのなら今がいいと、そんなことすら思えてしまうような一瞬。けれど沈黙の末に腕は優しく解かれ、彼のぬくもりが消えてく。
そのまま私は振り返らずに、小屋を後にした。

『....ぁ』

声にならない音が漏れ、扉の前で崩れ落ちた。どこにも行き場のないものがここぞとばかりに手からすり抜けていく。

『あぁ、ぁ、あ"ぁ....っ』

溢れた嗚咽はもう、止まらなかった。

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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時

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