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42話 ページ43

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穏やかな空気が肺に入り込み、狭い視界の先から日光が微かに差している。朝が来てしまったと理解したとき、同時に隣にいるはずの夏油がいないことを悟った。


『....げとう、どこにいるの、どこに....』


口にせずとも分かっていたはずだ。彼が私を置いてここを去ってしまったことくらい。どれだけ優しく抱きしめられ、愛を囁かれたところで夏油は私を連れて行ってはくれない。それが彼なりの愛し方だと手に取るように分かるのに、涙が堪えられないのはどうしてだろうか。そう茫然とする中、全てを諦めていた。
部屋の襖が開かれるまでは。


「A.....?どうしたんだい急に、ほらもう泣かないでおくれ」

『.....すぐ、る....?どうして、ここに....』

「どうしてって.....あぁ、私が君を置いていったと思わせてしまったのかな」


ひとりきりだったはずの布団の上に膝をつき、指を伝わせて私の涙を拭う。確かに目の前にいるのは彼だった。暖かな体温も、私だけを包むその声も、どれも夢じゃない。私が昨夜感じたものと変わりない。なにか声をかけなければいけないのに、それだけで涙腺がまた緩んで視界が霞んでいく。
彼が名前を呼んでその広い胸に私を抱き寄せた。刻々と時が迫る中、私達の距離は永遠と近づいていく。いつか私を苦しませる種がまだ芽生え続けている。


「私はもう、君を勝手に置いていったりしないと決めたんだ。だから安心して、私はAの笑った顔が見たいな」

『....やだ、絶対私変な顔してるから』

「困ったな、私はその全てが好きなのに」


時を経てじんわりと胸に染み入る言葉の数々。外れることのない視線、細められた琥珀が溶けた瞳。
__気づけば私は、あの日のように自ら彼に唇を重ねた。思い出すように蘇った、黒く渦を巻く呪霊玉の味。けれどその苦味をもうどこにも感じることはなくて。


『....あぁやっぱり、甘い』


あの日と同じように、けれど全てが変わり果てた今を生きている私は、不意に頬が緩み吐息を零す。あの日の私には、この現実を見据えることなんてできなかった。最後だと言い聞かせていたはずの無意識な口付けで、関係を終わらせてしまうものだと思っていた。
けれど夏油からの言葉に何もかもが変わって、想いを秘めたまま互いを求め合うようになって。


「......そうだよ。もう、苦くない」


貴方が応えてくれる今に辿り着けたことは、きっと奇跡に近いのだ。青い春に取り残された私達が少しづつ、消えていく音が聞こえ始める。

43話→←41.5話*加筆済



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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時

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