29話 ページ29
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慣れない感触が全身を伝って薄らと視界が広がる。
無意識に目元を拭い、後に視界に映る目を伏せたAの姿。
視線をやれば、眠っていたときですらも彼女を強く抱き締めていた自身の腕が。感触を伝わせていた正体に気づくと、不意に頬が緩んだ。一緒に夜を明かすことができたことが、これ以上なく嬉しかった。
静かに寝息を立てる彼女の顔を見つめては、何かの衝動に駆られて頬にキスを落としてみる。またしても思わず表情が緩んで少し気恥ずかしくなった。早く起きて笑いかけてほしいけれど、まだもう少しこの寝顔を見守っていたい。この時間がどうしようもなく幸せだった。
それに、こんな無防備な姿を見せてくれるのは、今までもこれからも、この瞬間だけなのかもしれないのだから。
「永遠なんてものは存在しない。でもね、君の前では神すらも信じてみたくなるんだよ」
私に変化をもたらしてくれるのは、いつだってAだった。
彼女にそんなつもりがなくとも、不本意だとしても。私はただ、Aと言う存在が側にいてくれるだけでこの世界でもう少し生きてみたいと思えるんだ。
だから、キス以上のものを望むなんて手に余ることで。必死に積み上げたものが崩れるときは一瞬だと理解しているから、彼女の普段とのギャップを目の当たりにする度に自分が恐ろしくなる。理性が保てなくなった瞬間が、この関係の終焉だと。誰に言われなくともそう感じているからだ。
ふと、抱き締める力を強めてAの体を引き寄せる。得体の知れない何かに、彼女を奪われる気がした。杞憂だと気づいても離すつもりもない。
あぁもうこのまま、私と一緒に堕ちてくれたなら___
『....す、ぐる....?』
「......そうだよ。おはよう、A」
___不意に名前を呼んでくれる瞬間すらも、私だけのものにできるのに。
そんな身勝手な想いもいつになく私の胸を締め付ける。願うことが時に残酷になって身に戻って来ると知っているのに、どうしても君の前だけは上手くいかない。
きっと、Aだからなんだろうけど。
「もう起きる?私的にはもう少し、こうしていてもいいんだけれどね。寒いから」
『....私もまだこのままでいい、寒いから』
夜が明ければ、他人からすれば何の変哲もない昨夜のことが奇跡のように思える。
それでも私達にとってはかけがいのないことで。いつも一生懸命手繰り寄せては、素直さをひた隠しにする。
それでも心だけは、すれ違っていないんだ。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時