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これは俺の都合の良い夢じゃないだろうか。
だって俺の隣にAちゃんがいる。
「本当に久しぶり」
「うん……」
何を話せばいいのか、言葉が宙を彷徨う。
「この春から働き始めたの?」
「うん。この春からパートで働き始めて。そこがたまたま大学の食堂だったの。高嗣くんがいるって全然知らなかったからびっくりした」
「俺もAちゃんがいると思わなくて本当にびっくりした」
悪い道に入り始めたときからAちゃんと一緒にいることはなくなった。
その前は多分Aちゃんと同じくらいの背だった気がする。
でも今はその背を追い越して、自分の下の目線に彼女がいる。
何だか不思議な気分だった。
「家ってどのあたりにあるの?」
「最寄りは○○駅」
「あっ同じ路線だ。大学からわりと近いんだね」
「うん。近い所にあって良かった」
そう言って笑顔を見せるAちゃんになんだか違和感を持った。
でも昔とは違うしね。
「二階堂家の皆さんは元気?」
「元気元気。親父も母さんも姉ちゃんも。水沼家は?」
「お母さんとは定期的に会ってるけど、お父さんは分かんないや」
水沼のおじさんはまだ5年経っても許してないってことか。
無理もないか。
というかもうあれから5年経ったのか……あのときのショックがぶり返しそうになる。
「今は……何さんになったの?」
「浅野」
そう言う彼女の目は少し寂しそうに見えたのは気のせいか。
「そっか浅野さんか」
誤魔化すように俺は笑うしかなかった。
「えっと……お子さんは?」
「いないよ」
「でも……あっそうか、ごめん」
忘れていたことを今思い出した。
結婚の報告からしばらく経って、また母親からそのとき宿っていた子供が死産となったって聞いたんだっけ。
それからは……いや訊かないでおこう。
家庭の事情があるかもだし。
そうして色々な話をしながらAちゃんと帰るのがやっぱり不思議でしかなかった。
一緒の電車に乗るのも不思議だった。
Aちゃんがじゃあ、またね高嗣くんと手を振って電車を降りていく姿を見て、俺も手を振り返した。
そして彼女の左手薬指の指輪を見て胸が軋んだ。
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作者名:ユタカ2 | 作成日時:2022年9月25日 10時