Episode29 -6 ページ26
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ムード、というものを、私はよく知らない。
けれど乾かしたばかりの髪が白いシーツに散らばったまま、私はキングサイズのベッドに背中を押し付けて翔さんを見上げていた。
薄暗い部屋の中でサイドランプだけが温かみのあるオレンジ色に点っていて、翔さんの整った顔に影を作り出している。
「A」
やけに甘い響きで翔さんが私の名前を呼ぶ。
ベッドに押し付けられた身体は毒にでも侵されたみたいにピクリとも動かない。
男の人の顔をした翔さんは着たばかりのパジャマの上から私の脇腹、そして上へと手を滑らせる。
沸き上がるのは恥ずかしさでも、怖さでもなくて、妙な苦しさと、耐えられないくらいの愛しさ。
私はたぶん、自分で思っているよりもずっと翔さんのことが好きなのだ。
何も聞けなくても。
何も知らなくても。
翔さんの唇が私に触れるだけで心の奥から満たされてしまう。
すっかりと熱に支配された肺の奥から熱のこもった息を何とか声にして吐き出す。
「翔さん」
名前を呼ぶだけで精いっぱいだった。
翔さんの親指が少しだけ乱暴に私の唇をなぞる。
「しょう、っん」
もう一度呼ぼうとした名前は重なった唇に吸い込まれてしまった。
「ふ、可愛い顔」
甘く翔さんがささやく。
前髪を払われてそのままその手で頬を撫でられる。
甘い甘い王様は、大きな手で私の頬を包み込むとまた唇を重ねた。
深く呼吸ごと奪い去るとまた指が乱暴に唇を拭う。
そしてそのまま手を滑らせて、滑らかなシルクのパジャマの裾まで滑り落ちる。
また近づく顔に目を閉じたら頬に唇が触れて、薄く目を開いたら首筋に唇が落ちてきた。
「っ」
喉の奥から声が出て、翔さんが笑う。
大きな手がシルクのパジャマの裾から入り込んで身体を這う。
ぎゅうと目を閉じて、私は弱い波に揺れる。
脇腹を撫でていた手が胸元に触れて、私はさらに目を瞑る。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年6月1日 10時
