Episode29 ごめんな ページ21
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百合亜。
その名前に聞き覚えがあることを私が思い出したのはバイクで切った冷たい風に頭が冷えてきたからだと思う。
二度目の翔さんの部屋。
今日はカーテンが開いていて宝石をちりばめたような都市の夜景が眼下に広がっていた。
そのカーテンを翔さんが引く。
都市の景色が布に覆われてしまうと、翔さんはようやく大きなため息をついて深く息を吐き出した。
「……もう落ち着いたか」
「はい」
握りしめたマグカップの中でミルクティーが揺らめく。
座り込んだソファは身体から力を奪ってしまうみたいだった。
脱力したまま翔さんを見上げる。
翔さんは優しく笑うと私の隣に腰掛けた。
淹れたコーヒーはブラックで、黒い水面に翔さんの顔が映る。
「悪かったよ」
翔さんが悪いわけではないのに、翔さんはまた悲しそうな顔でそんなことを言う。
帰ってきてからもう何度も、翔さんはまるで自分のせいみたいな顔をする。
「翔さんのせいじゃないですよ」
「俺のせいみたいなもんだよ……まさか理子さんがお前を攫うなんて思ってなかったんだ」
その表情は苦い。
なるほどどおりで翔さんと理子さんが親密に見えたわけかと私は納得していた。
翔さんにとってはそれだけ信頼している相手だったということだ。
これほどショックを受けるくらい、理子さんは翔さんにとって大事な人だったのだろう。
案外翔さんの周りにも信頼できている女性がいるということに妙な安堵感を覚えるのは、私の周りに智さんや雅紀くんがいることと似ている気がするからかもしれない。
「仕方なかったって、言ってました」
「それでも。お前を怖がらせた」
「……翔さんが来てくれましたから、もう怖くないですよ」
冷えていた指先は温かいマグカップに触れてやっとほどけてきた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年6月1日 10時
