8*Ki ページ8
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タクシーに乗るなり気持ちよさそうな寝息を立て始めたこいつを、俺は心底憎んだ。同時に、どうしようもないほどの愛しさが胸に溢れた。
Aを千賀と組ませたのは俺自身だ。少しでもAを遠ざけたかった。きっとAも、俺と関わりたくはないはずだと思った。
でも結局それによって俺は自分の首を絞めた。
窓側に頭を預けて眠るAの頬に手を伸ばす。右手の甲に触れる柔らかさが、やけに心を切なくさせた。
「着いたぞ」
いつも来ていたこのマンションが懐かしく感じる。
「ん…」
「起きて。歩けるか?」
「はい……」
ぼんやりとした眼差しが危なっかしくて、思わず支えたくなる。
「もうここで大丈夫です。ありがとうございました」
部屋に入るAを見届けた時、少しだけ部屋の中が見えてしまった。あの頃と少しインテリアが変わった部屋に、もう彼女の中に俺がいないことを痛感させられて泣きたくなった。
時を戻せるなら、まだこの部屋で冗談なんか言い合いながら夜が明けるまで語り合って、語り疲れたら抱き締めあって眠っていた頃まで戻りたい。
A、俺は毎日楽しいよ。仕事も上手くいってるし、週3のジム通いもやめてない。シーズンになったらサーフィンとスキューバ行って日に焼けて。だけど隣にお前がいたらこの楽しさは倍になったりするんだよな。Aがいない毎日はこんなにも楽しくてこんなにも切ない。
「月曜日な」
ふらふらと歩く背中にかけた声は、返事もなく宙に消えた。
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作者名:わ! | 作者ホームページ:http://twitter.com/mi2_lxxx
作成日時:2019年10月28日 13時