2*S ページ2
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「おはよう千賀くん。な〜に、今日も?」
「はい、今日もです」
「健気だね〜。応援してるよ」
人事部の水野さんは時折少し早めに出勤するから、ここで会うことがある。こうして朝会うと激励の言葉をかけてくれる。
毎朝、同じタイミング、同じ電車。少しでもAさんに近づきたくて、乗り換えの駅で先輩と“遭遇”する。時間はもうすぐ8:03。俺は歩き出す。
俺が使う線とは違う方の階段からAさんが下りてくる。俺に気付いて微笑むAさんは、可憐な雰囲気をまとっている。
「おはよう、千賀くん」
「おはようございます、Aさん」
教育係として半年ついてくれた先輩に恋するのにそう時間はかからなかった。元気で明るくておしゃべり好きで冗談も上手い。年齢を感じさせない幼い顔、おまけに愛嬌もある。自分の苗字は嫌いだからって、仕事中以外は名前で呼ばないと怒って返事もしてくれない。そんなかわいくて不思議な人に手とり足とりあれこれつきっきりで教えてもらっちゃったら好きになっちゃうよ。
つまり俺はAさんにベタ惚れってわけ。けど、そんなAさんだから密かに狙ってる男もいるわけで。まぁ俺は同じ部署、直属の部下ってだけでそいつらよりリードしてるけど。でもこんなチャンス、男として見逃すわけにいかんでしょ。
「今日は外回りだけど、ちゃんと取引先の予習してきた?」
「完璧ですよ」
「ならよろしい。今日はそこまで手ごわいところはないから大丈夫だと思うけど気を抜かないようにしないとね」
「Aさんこそ、基本的な挨拶噛まないようにしてくださいね?この前電話口で『お世話になっております』を噛んでたの聞いてましたから」
「…聞いてたの?」
「はい、ばっちり」
「忘れてくれ…」
「今後も楽しみにしてますよ」
この人はたぶんビシッと仕事してるつもりなんだろうけど、結構抜けてるところあるんだよな。大人ぶってるけど詰めが甘いよ。
毎日、他愛もない話をしながら一緒に出社する。最初こそ入社してすぐの俺に手を出したんじゃないかってAさんがすごい責められる空気だったけど、Aさんが全力で否定すれば信じない人はいないし、俺もちゃんと否定した。本当は否定なんかしたくないんだけど。
いつか『先輩と後輩』の裏に『彼女と彼氏』っていう肩書きを隠して出社したいなって、バカみたいな夢を見てる。
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作者名:わ! | 作者ホームページ:http://twitter.com/mi2_lxxx
作成日時:2019年10月28日 13時