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暫くの間があった後、彼女はふと窓の外を眺め、静かに口を開く。
『河村さん。河村さんはこのオフィスで僕と会う前、初めて会った日のことを覚えていますか』
ハーブティーを啜り、顔を見せないまま聞いた。部屋の中は寝起きの僕を配慮し、薄暗く照らされている。辺りは暗くて、彼女は外を見ている為、当然その感情は読むことが出来ない。
河村「勿論覚えてますよ。あの図書館でしたね」
まだ同じ職場で働くライターだと知らなかった時期のことだ。まぁ伊沢の情報伝達不足で、彼女は知ってたらしいんだけど。
今は忙しく、あまり行けていないのだが。
河村「Aさんはノンジャンルで、片っ端から読み漁ってましたね。確か僕の方から話し掛けたんでしたっけ」
『そうです。僕が窓側の席、河村さんは僕の真後ろの席に座って。その図書館が閉館時間を迎えるまで読み続けていたんです』
河村「そうでしたね」
静寂が流れる。先程まで感じていたイライラや焦りは全く感じなくなっていて。寧ろ、苦しかったこの空間は今の僕にとって居心地の良い空間に変化していた。
彼女は再び口を開く。
『僕があの図書館に通っていた理由を河村さんに話したことはありませんでしたよね』
河村「はい、聞いていません」
紅茶を啜る音。外の景色を見つめていた彼女は、いつの間にか顔をこちらに向けていて。月明かりが照らすAさんは、普段より美しく見える。まぁ普段からも充分なぐらい美しいのだが。
『あの図書館、とても落ち着くんです。他に人は殆ど来ませんし、静かで、居心地が良くて』
河村「すごく分かります」
『イライラした時や不安な時、行くだけですごく楽になるんです。本を読んでいるだけで楽しい』
河村「あの場所を図書館だと認知している人は少ないですから、人が来ないのは無理ありません」
『そうなんですか。知らなかったです』
言いながらまた微笑んだ彼女に、僕も笑顔で返した。するとAさんは中身の空になったカップを持ち、把手や淵を触ったりと弄び始める。
『＿＿＿＿あの日、』
静かで、ゆったりとした口調。
『河村さんに初めて会った日、』
河村「僕と、初めて会った日....」
『そうです。僕はあの日、本家のことで色々あって、落ち込んでいたんです』
話し始めた彼女が、悲しそうに見えた。
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