【文豪ストレイドッグス】元.ポートマフィアの指導者 part 7

佰陸拾捌頁─決戦 5─ ページ35

その時、敦は全身で恐怖を感じた。

それは彼の人生の中で最も死に近いものであり、あまりのそれに言葉を失う。

それは隣で膝をついて苦しそうに息をする芥川も同じだった。


白鯨のエンジン音と吹き荒れる風が妙に煩く感じる。

フィッツジェラルドは立ち上がり、静かに云った。

この世ですべてを犠牲にする価値のあるものが、“家族”以外に存在するか？と。

そして彼は続けて云った。

どんな犠牲を払っても『本』を手に入れて娘をこの世に呼び戻す、と。

その声音は落ち着いており平坦ながらも、何者の異論も認めないといった揺るがぬ強さを彼等に感じさせた。




「処分可能な俺の資産、そのすべてを支払う！｣

「「...！」」




直後、地響きにも似た強大な揺れが白鯨を襲った。

壊れてしまうのではないかという不安を抱いてしまうほどのそれと、空気さえ慄(おのの)くような凄まじい轟音。

彼等の内にある本能が、煩く小刻みに警鐘を鳴らした。




「(桁違いだ。まるで巨大な竜巻の前に居るみたいな...これが、組合の長の...)｣




ふと、弾かれるように敦は後ろを振り向く。

敦の視界に入ったのはいつの間にかすっかり大きくなったビル群。

明らかに先程とは景色の見え方が違っていた。


判りやすく突きつけられる制限時間(タイムリミット)。

その時、彼の脳裏を過ぎったのは武装探偵社の社員達だった。


彼等と出会ったのは数ヶ月前。

しかし彼らが敦に与えたものは、敦にとってはそれ以上の何物にも代えがたいものだった。

敦は何かを抑え込むように目を強く閉じる。




「芥川｣

「何だ｣

「僕は...愚かか？あの記憶から逃げたいと思う事は下らないか？｣




足に力を入れ、鉛のように重くなった躰に鞭を打つ。

その言葉は不思議と簡単に喉を通り抜けていた。




「ああ、下らぬ。何故なら、苦しめる過去の言葉と貴様は本質的に無関係だからだ｣

「...そうか。太宰さんはとっくにお前を認めてると思うぞ｣




《月下獣》──半人半虎──
《羅生門》──天魔纏磑──


「来い...！｣




その言葉と共に二匹の獣は地を蹴った。

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