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「寒いな……」
今の季節は冬。しかもここは北海道だ。
北海道の冬は寒い。
その寒さは外気に混じる水蒸気がまつ毛で凍るほどのものだった。
見上げる空には無数の星たちが瞬いている。
あの野郎、こんな中置いていきやがって。
どこへ行ったんだ。
無理やり手を引かれて馬車で二時間近く揺られた。
どこへ連れていかれるのかと思えば着いた先は樺戸の監獄だ。
こんな所へ連れてきて一体何がしたいのか。
そんなこと、この際どうでもいい。どこか適当な建物に入らないと凍死する。
そう思い、立ち上がろうとする。
「痛っ！」
しかし、父にやられた傷がずきりと痛み、思わず尻もちを着いてしまった。
未だ痛みの収まらない傷口を強く握り、歯を食いしばる。
寒いと傷が余計に痛む。早く中へ入らなければ。
痛みに耐えながら、一番近くにあった建物の中へと向かう。
一番近いと言ってもそこまでの距離は五町(五四五・四五メートル)をゆうに越えていた。
息も絶え絶えになりながら、その建物へとたどり着き、全体重をかけ、肩で押すように戸を開いた。
できた隙間に体を滑り込ませ、ようやく室内へとはいる。
私はその場へ座り込み、内側から戸へと背中を預け、一生懸命に空気を貪った。
この建物は思ったよりも暖かくはなかったが、外で野ざらしにされるよりは幾分もましだ。
呼吸が落ち着き始めた頃、辺りを見渡し、あることに気がついた。
ここは……
「独房か」
「その通り」
「っ、——いっ！」
独りごちた言葉に返事が返って来るとは思っていなかった私は、声のした方へと勢いよく振り向き、また患部に痛みを走らせた。
「驚かせてしまったかな」
その男の声は、低く滑らかで、どこかに温かさが感じられた。
こちらと独房の間には一枚の板が隔たっており、男の顔を見ることはできない。
「あなたは、誰です？」
……あれ？私、今。
「ほう、もう敬語を使える歳なのか」
そうだ。私は今敬語を使った。
初めて会う、顔も知らぬ男に対して、生まれてこの方一度も使ったことのない敬語を。
この男には、それを使わんとさせるほどの力強さがあった。
「質問には答えていただけないのですか？」
「ああ、そうだったな。私の名は——土方歳三だ」
「土方、歳三……」
どこかで聞いたことのある名だ。確か、
「新撰組、鬼の副長」
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作者名：おほしさま | 作成日時：2023年12月29日 0時
