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「担架の準備は」
「しています。馬の用意も、そろそろ整っている頃でしょう」
鶴見中尉の質問に答えると、丁度よく担架が到着した。
「杉本を街で一番の病院に連れて行け！医者の頭に銃を突きつけてでも、叩き起して治療させるんだ！」
杉本を担架へ乗せると、兵士二人がそれを持ち上げる。すると鶴見中尉に「待て」と呼び止められた。
「最前は尽くす。お前もそれに報いろ。今際の際を悟ったら必ず、刺青人皮の場所を伝えろいいな？」
鶴見中尉は杉本の耳元で、声を潜めそう言った。
小さな、囁くような声だったが、隣に立っていた私の耳には、ハッキリと聞き取ることが出来た。
「俺は絶対死なん！」
鶴見中尉の言葉に対し、杉本がそう言った。
傍から見たら、ただ命が亡くなることを信じたくないのでそう言っているように聞こえるだろう。
けれど、この男の言葉は本当だった。
なぜなら——
「私も後を追うから、杉本に声をかけ続けろ。いいな？死ぬ前に、在処を聞き出せ」
鶴見中尉が私に耳打ちしてくる。
近づくな。
中尉の行動にイラつき、眉間に皺を寄せつつ、私は「はい」と返事を返して、急いで杉本を病院へと運びだした。
冷たい空気が、肺を凍てつかせる。
いくら寒さに慣れているといえども、北海道の冬の夜には堪える。
「杉本、大丈夫か？」
「"あ、"あ、ぁ」
掠れた声で、杉本が言う。
「……一番痛むのは何処だ？」
私は問う。
「っ腹、だ」
当たり前だろう。
腸が飛び出ていたら、そこが一番痛むに決まっている。
「嘘だな」
「は、なん」
そう、それは『本当に腸が飛び出ていたら』の話。
けれどこの男は、
「一番痛むのは顔、だろ？」
私がニコッと笑って言うと、杉本の目が見開かれた。
「っ、やっぱりお前、」
「私をつき落とせ」
「はっ」
「いいから早く！」
「くそっ」
ドンッ
冷たい雪の上を自身の身体が転がっていく。
「ふっ」
小さな笑い声をあげた私の瞳には、戦友の腸を橇の上から放り投げる、不死身の杉本の後ろ姿が映っていた。
そう、彼は——
二階堂洋平の腸を盗んだのだ。
私のすぐ横を馬に乗った鶴見中尉が走り抜ける。
馬の速さはなかなかのもの。
その背中は直ぐに小さくなっていった。
あぁ、やっと、
「やっと、
——鶴見中尉を殺せる」
小樽の暗闇で一人言った私の顔には、
あの男にも負けないほどのどす黒い不気味な笑顔が広がっていた。
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作者名：おほしさま | 作成日時：2023年12月29日 0時
