作家はミニマリスト ページ31
(ここだよね...)
少し風化したアパートを二人で見上げる。
ポストの表札を見ると、幸野 九の住んでいる部屋は2階の一番奥のようだ。
あまり外に出ないのか、中にチラシだの新聞だのがはみ出るほどパンパンに詰まっている。
部屋の前に着く。
ただ立っているだけだと言うのに、おぞましい気配が私たちを包み込み、芯から冷えるような身震いが止まらなかった。
「会うんじゃあないのかい」
『...わかっています』
インターホンを鳴らす。
(出ないだろうな)
と思っていたのとは裏腹に、住人すぐにはドアノブをひねった。
「...誰だ」
その男は、猫っ毛で目に少しかかるくらいの長さ、青髭が目立ち、何より目の奥が濁っているように見えた。
『幸野先生ですか？』
「そうだが」
何とも無さそうに言う。
『この絵本のことでお話が』
「...あがってくれ。だが......その男はダメだ」
と、岸部さんを強く否定した。
『岸部さん...』
私は不安気に眉を下げる。
「行ってくると良いさ。待ってるから」
と、持っていたペンをしまった。
『行ってきます』
私一人で家の中に入っていった。
・
入ってまずびっくりしたのが、部屋に小さなちゃぶ台とラジオしかないと言う事だった。
『ものとか置かないんですか？』
「必要最低限のものだけで十分だろう、生きていけるんだから」
いや、そうかもしれないが...
「座布団くらいは持っているさ。ほら」
と、何も入っていなそうな棚から座布団を放り出した。
使っていないのか、型崩れが少ない。
「埃が床に落ちるのが嫌で普段は使わないが、数少ない客人だしな」
と、幸野先生は地べたに座る。
「で、絵本がどうとか言ってたよな」
『はい＿』
それから私はさっきの本屋の子供の話をした。
「ああ、あの子供か。笑顔を作るのが上手な子供だったな。結局いなくなるまで自分の母親を愛していたな。虐待されてたっていうのに」
『やっぱり...』
「なぜか俺の描くこの本は、読み手の妄想を投下させることがあるらしい。まあ、強い想いに限るが。それくらい現実がひどすぎたってことだ」
「あんたも、良い母親が見えたかい？」
と、不気味に口角を歪める。
思わず顔が強張るのを静止して、言葉を絞り出した。
『いえ。ただ、貴方はなんでこの話を描いたんですか？』
返答をひたすら待つ。
暫く経って彼はこう、口を開いた。
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作者名：むぎのくろた | 作成日時：2021年12月27日 2時
