【オリジナル】それだけ。

それだけ。 ページ11

ハンバーグの匂いが、鼻を掠める。

自然と唾液が湧き上がってくる。
魚の匂いの時は、正反対。



我が家の夕飯は、祖母の家で食べている。
母の味は、知らない。
知っているのは、祖母の味と、やや不器用な父の味。


それだけ。





「何でお母さんいないの？」

「あ、そうなんだ…….ごめんね。」


小学校の、懐かしい戯言。
野暮とは、まさにこの事。悪気のない、僅かなトゲが時々飛んできた。
大体は、トゲを飛ばす前から、謝罪の言葉は準備されていたのだろう。

そんな昔のことは、もう忘れたが。


それだけ。




「イアルさん、何やってんの？」

「イアルさーん。」


小学校の、懐かしい嘲笑。
何をせずとも笑われる奴は、どこにでもいる。
それが、私だったのだ。

あの笑い声は、今でも時折思い出す。
私に引っ掻き傷を残した、あの嘲笑。
人とは、そうなのだと教えてくれた、あの嘲笑。

そんな昔のことは、もう忘れたが。


それだけ。




「何で？」

「何でよ！」

「どうしてよお！」


小学校の、懐かしい演技。
いつだって、舞台の上だった。
演技の上手い人が、スポットライトを浴びたのだ。

泣いた奴が、勝ちなのだ。
表に出さない奴は、負けなのだ。
だから私は、負けたのだ。

そんな昔のことは、もう忘れたが。


それだけ。









嘘だ。

いつまでだって、忘れやしない。
忘れるものか、返してくれ、私の大事なはずのものを。





「おはよう、イアルン。」

「イアルちゃん、おはよう。」

「イアルちゃん、ペン貸してくれない？」

「イアル、これやばくない？」

「イアルさん、出来る様になってきたじゃん！」

「いやイアル、赤点は草なんだけど！」

「イアル、誕生日おめでとー。」

「イアル大将、応援してるよー、」


「イアルちゃん！」

「イアル大将！」

「イアルン。」

「イアルさん。」

「イアル！」





イアル。









やっぱり、昔のことなど、忘れた。

今の、面倒臭いメンツの相手に忙しくて、それどころではない。


それだけ。





『おかわり。』







代わりはいない。いらない。
もう、いいのだ。
もう、なくしたものは、取り戻した。

お変わり無く、友よ。



それだけ。

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