悠仁ノ幼馴染【呪術廻戦】

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　頬に唇、目元には開かれた朱殷色の瞳。

「宿儺……さん？」

　厳かな声色に、何と言葉にして良いか分からず、思わず口にした名。 ――しかし、

「忌まわしい。 誰が口を開けと言った？」

　どうやら癇癪をおこしてしまったらしい。 その目には憎悪と嫌悪が宿っている。 同じ過ちを二度もするところだったと気を取り直し、口を開いた。

「そうですね。 まずはご挨拶から、」
「死に損ないめが、よく鳴く鳥は聞くに耐えんな。 小僧に素性が露見し、取り付く島もないのか」

　続けて名乗ろうとしたところを宿儺によって遮られ、ケヒッと、頬から生えている唇が「愉快愉快」と笑う。
　だが、嘲笑う宿儺を悠仁の平手が押さえ込んだ。

「……悠仁、宿儺さんと話したい」
「駄目だ」
「悠仁」
「駄目だ」
「……お願い」

　実地試験前にもあったようなやり取りが、再び繰り広げられた。 だがあの時とは違い、悠仁の素直な瞳は、眼光の無いものになっている。 長年連れ添っている私には直ぐに分かった。 これは、本気で怒っている悠仁の顔だと。
　しかし、ここで素直に引き下がる女ではないと、悠仁自身も知っているはずだ。 ベッドの軋む音を耳に入れ、広く分厚い背中を見つめる。

「もう寝る。 眠い」
「悠仁、お願い。 少しでいいの」
「……明日もはえーんだから」
「大丈夫だから」
「……駄目ったらダメだ、おやすみ！」

　時計の針が、時を刻む。

　悠仁の後ろ髪を何度か滑らせ、少しチクチクとする感触が、私の心を落ち着かせてくれる。

(悠仁、前より敏感になってるな……)

　人より憎まれ口の矛先が集う事は、とうの昔から慣れている。 怒る事も、泣く事も、私には出来なかった。 誰よりも先に怒って、悲しむ悠仁が、ずっと傍に居たからだ。

「悠仁、私は大丈夫だよ。 だから、また明日ね。 おやすみなさい」

　聞こえるか聞こえないかの呟きは、宿儺にも、勿論悠仁にも届くことはないだろう。 既にその瞳は、眠り着いたように閉ざされていた。
　毛布を掛け、規則的な寝息のたてる部屋を後にする。

(人間じゃ、ない？ ……私が？)

　右目だけ見える事も、あの時聞こえた事も、宿儺ならなにか知っている可能性がある。 呪いについて、あまりにも知らなすぎる自分に気付かされてしまった。

「宿儺さん……また、話してくれるかな」

＊

　梅子黄(うめのみきばむ)季節となりて
　夜色の中、月灯りを辿って、辿って
　そしてまた、――朝が来る。

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