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私は、彼女があのとき出会った女の子であることをわかっていた。わかっていて、黙っていた。
彼女は自分のように悲しむ人が少しでも減ればいい、と自分のスキルを上げて悩める女子にアドバイスをしている。自分がバレンタインに感じた悲しみを見事に前向きな方向へと昇華させていっている。その姿を見て、自分の考えとは相容れないと思った。それでもまっすぐな彼女の頑張りを、彼女自身が作った甘い愛をどこの馬の骨かもわからない男に食べられてしまうのかと思うと、どうしても嫉妬と独占欲にかられてしまう。きっと大先生は家で彼女のお手製を食べているのだろう。それは仕方ない。家族なのだから。だからこそ、彼女がおぼえていないことをいいことに黙っていようと思ったのだ。大先生にも『あまり校内で私のことをエーミールと呼ばないように』とお願いもしておいた。当時は不審がられていたが、ようやく合点がいったらしい。
おかげであまり良い印象は持たれていない。けどスキルが上がっていく彼女を、愛の誓いに重きを置いて奮闘している姿を見ると、やはり彼女には幸せになってほしいと思う。その相手が、私でなくても。
「大先生だったら気づいてますかね、私がバレンタインどうのこうのと難癖つけるのはAさんにだけですよ」
「……今始めて心の底からお前のこときっしょって思ったわ」
眉を、口端をひくつかせて拒否反応を示す。それもそうだろう。なんの因果かわからないけど私の想い人と身内になってしまった鬱先生には申し訳ないが、巻き込まれてしまうほかないと思う。
今も残っているのは、あの泣き顔が自分の言葉で笑顔に変わった瞬間。バレンタインは嫌いだが、彼女の作ったあのお菓子は好きだ。これは自分勝手な愛の誓約。卒業までは、自分から話すことはない。
このことは内密に、と頼んだところで知るか、と言われてしまうことは目に見えているので、ここからどうなっていくかは運命とやらに任せてみようと思う。彼女が真実に気づくもよし、知った後に私に対して失望するのか、怒りを抱えるのか。どうころんでも、最後に見るのが彼女の泣き顔でなければそれでいい。彼女の笑顔のために。
「ええ性格しとると思うわ」
「お褒めに預かり光栄ですね」
「褒めとらんわ」
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