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『美味しいですよ、このクッキー』
『ほ、本当に……？』
『はい。作ったときに味見はしましたか？』
『し、した……ちゃんと、お砂糖とお塩、間違えてないかって……』
『見た目だけで判断するなんて、失礼な人だったんですね。こんなに美味しいのに』
話したことなんてなかったけど、純粋に美味しいと感じたからそう伝えた。彼女は冷たくあしらわれてしまったのだろう。自分のその言葉を聞いてまた泣き出してしまった。うつむいたまま涙を拭い、ありがとう、と一言。彼女のその笑顔に心打たれてしまったのは、事実だ。
その後は夕暮れのチャイムが鳴り、彼女の親御さんが探しに来たのかそのままお別れしてしまった。この地域に居るのならいつか会うのだろうと安易に考えてしまっていたが、そこから出会うことはなかった。
今思えば、それがきっかけなのだろう。私がバレンタインに固執しているのは、また彼女のように悲しむくらいなら、バレンタインというイベントそのものなくなってしまえばいいのに。そう思ったから。だが世間は浮かれ、バレンタイン事業は更に勢いを増していく。彼女と出会った思い出の日であるとともに、あまり好きではなくなった日が生まれてしまった。
それを誰かに喋ったりすることは、ない。この出会いを知っているのは自分と彼女だけだった。はずなのに。
彼の態度は変わらない。すべてを見透かしたような目で、何もかもわかっているのに怪訝な表情で私と言葉を交わす。
「大先生がなんで知ってるんですか？」
「なんでやろうなぁ、はーあなんっで俺がこんな立ち位置やねんほんっま気ぃ悪いわ」
「はぁ……？なんなんです」
「もしその子に会うたらどうするん」
「……あぁ、そういうことでしたか」
自分の中でも納得がいって、ようやく理解した。それとともに、女性関係であまり良い噂を聞かない大先生が最近丸くなったかもしれない、というのは間違いなく妹となった彼女が関わっているのだと。とても、妬けてしまう。
「たしか彼女は大先生の妹さんになったんですもんね」
「なんやお前、知っとってそういう態度とったんか」
「彼女は私のこと覚えてないと思いますけどね、私からは顔は見えていましたから。覚えてましたよ」
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