水無月の花【異世界の主役は我々だ！】 ページ1
今日は珍しく平和だ。空は清々しく晴れて、久しく見ていない柔らかい青が広がっている。所々浮かぶ雲は風に吹かれ都度その形を変えて、あ、今の雲、タコみたい。こんな平和な日はお茶でも入れてティータイム！……とでも言いたいところではあるが、目の前に積まれた書類に嘆息した。
グルッペンはもう気がついた時には居なかった。自由人の彼のことだからサボりかもしれないし、優秀な彼のことだからもうノルマを終えてしまったのかもしれない。今頃どこかで大好きな戦争のことを考えているであろう彼を想像すると羨ましさが込み上げてきた。
「えーっと……昨日の損害はー……？」
私の仕事は主に予算管理だ。ほっとくと浪漫だなんだと言って馬鹿みたいに浪費してしまう誰かさんを抑止する役。エミさんもグルッペンを止めてくれそうに見えるけど、あんな顔して意外と乗っちゃうんだよなぁ。
自分勝手な仕事仲間に振り回されて毎日毎日単純作業の繰り返し。この世界に来る前とやっている事は全く変わって無いけど、不思議と鬱々とした気持ちは無かった。グルッペンにこき使われるのは癪だけど、エミさんが稀に見せる穏やかな笑顔で褒められると、手となり足となり働くのも悪くないと思えてくるのだ。
ふわり。少し開けていた窓から忍び込んだ優しい初夏の風が紙を幾つか床に落とした。
「A、いるか？」
「いますよー。どうかした？」
「ああ。急ぎでは無いがこの書類に目を通しておいてくれ」
エミさんは私が拾わなくてはいけなかった書類を全て拾い集めて、その上に数枚の紙がホチキス止めされたものを乗せて寄越した。お礼を告げて受け取ると、もう用はないはずなのにエミさんがじっとこちらを見る。
「何……？」
「……ちゃんと寝てるのか？」
百日紅の幹みたいな手が顔を固定して目元をなぞる。エミさんは口にはしなかったが、隈が出来てメイクもしてない顔はさぞ酷いことだろう。誤魔化すようにへら、と笑えばギリギリと結構な強さで頬を抓られた。
「痛い痛いイタイ！！パワハラ！！」
「今日はもう休め」
「別に心配されなくても自分の体調管理くらいできるもん」
「…………」
エミさんはこちらを睨みつけるとそうか、と一言。言葉を落として部屋を出ていってしまった。シンと静まり返った部屋でまたパラりと紙が落ちた。今度は拾う人の居ない資料を拾い集めると、なんだか眠気が強くなった気がした。
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