今給黎という女 ページ1
ぽとぽと、ぽと。雨の音が耳の奥まで届き、嫌な声が一つも届いてこないことに迅は安堵した。
雨の中、橋の下。一見雨宿りをしているだけの少年が、雨が降ることを知った上でこの場所に来ていることを、この世界の誰も知らない。
迅には未来が視えた。それもかなり正確にだ。視える未来はたった一つではないが、どの未来も可能性としてはすべてあり得る未来なのだと、迅は幼いながらに理解していた。そして、その力がほかの人にはないのだということも。
迅は賢かった。そんな他の人との摩擦が少ないように生きることができた。笑みを貼り付け、のらりくらりと躱し、危険な未来から遠ざけてやる。誰にも感謝などされるはずがなかった。
だから少し、疲れたのだ。他人が見る迅悠一を形成することが。
そして迅はこうして一人、橋の下で座り込み、ただじっと息をひそめるのである。
そのときであった。
「どうしたの、君。雨宿りかい」
凛とした声が頭上から降ってきた。迅がばっと顔を上げると、赤い傘を持つ大人の女のひとが彼を覗き込んでいた。迅の青い眼と、女性の黒い目が交わった。
迅はぱっと人当たりのいい笑みを浮かべて、「そんなところです」と返す。女性は何を思ったのか迅の隣に一人分のスペースを空けて座った。迅はもちろん戸惑う。
「傘がないなら貸してあげるけど？」
「……。いえ、大丈夫です。もうすぐ止みそうですし」
「そう？ あ、君タバコは平気？」
「……吸いませんよ？」
「はは、さすがに子どもに吸わせないよ。ただ、タバコ見るだけで嫌って人もいるし」
そう言って女性は煙草を取り出して咥え、火をつけた。迅は内心、「子どもの前では吸わないだろ、ふつう」と思ったが呑み込んだ。
二、三度煙草の煙を堪能した女性は、再び口を開いた。
「ここにはよく来るの？」
「いいえ、今日が初めてです。雨宿りに寄っただけなんで」
嘘だった。迅はここに度々来ている。その日が雨だろうが晴れだろうが雪だろうが、友人の目からも家族の目からも逃れられるここは、迅にとって安息の場だった。
まあそんなことを初対面の女に言うはずもないし、バレることもあるまいし、バレたところでこれきりなんだから気にすることもない。迅はそう結論づけた。
女性は迅をちらりと一瞥し、もう一度毒を吸って吐いた。タバコ特有の苦い香りが迅を包み、迅は嫌悪を覚えた。くさい。
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ノア(プロフ) - Noahさん» あいしてます (2021年9月21日 17時) (
レス) id: dd57ce1718 (このIDを非表示/違反報告)
ノア(プロフ) - 金の帳さん» ありがとうございます。迅さんカッコいいですよね！ 続編もよろしくお願いします。 (2021年9月21日 17時) (レス) id: dd57ce1718 (このIDを非表示/違反報告)
Noah(プロフ) - すきです (2021年3月20日 2時) (レス) id: 3eb26abe40 (このIDを非表示/違反報告)
金の帳 - めっちゃおもしろいです！迅さんはやっぱりかっこいいですね！更新楽しみにしてます！ (2021年2月8日 23時) (レス) id: 1e8abd378d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ノア | 作成日時：2021年2月7日 10時
