百六十九歩 ページ41
俺には彼がどう見ても影があるように見えない。
大袈裟に言えば全てから肯定されている存在に見える。
自分とは違い過ぎて共感性が生まれない。
「…俺は平凡な人間だからね、仕方ない」
世界は広いのだ、自分の理解出来ないものはある。
そう結論付けて、NRCの控え室に向かう。
ノックすると、少しして監督生が顔を出す。
驚いた顔で、何処行ってたんですか?って…外だよ。
コロシアムの外に連行されたのよ、とぼやきながら中に入れば、アイシングしてるヴィル先輩が目に入った。
ルーク先輩はヴィル先輩の代わりに他のメンバーと最終チェックを一緒にしているようで、ワイワイしてる皆と楽しそうである。
「…あらまぁ」
「出てきた言葉がそれ?」
「いや、何と言ったらいいかわからなくて」
「別に何も言わなくていいわよ」
先輩は近づいてきた俺からプイッと顔を逸らした。
傍らに置いてあるのは魔法薬の瓶だろうか。
痛み止めなんだろうな、魔法薬とはいえ本来は安静が必要だ、一時しのぎにしかならないだろう。
「それでもステージに立つと」
「当たり前でしょう?その為に今までやってきたのよ、この程度で諦めるなんてアタシはしない」
「…でしょうね」
あんたはそういう人だよ、と苦笑いが漏れた俺に先輩は嫌そうな顔をした。
「テーピングは?」
「あ、有ります」
救急箱から監督生がテーピングを取り出してくれる。
それを受け取ると、ヴィル先輩の座る椅子の前にしゃがみ込んだ。
アンタがやるの?って顔すんな。
「少し腫れてますね、痛みは?」
「薬は効いてるから痛みは無いわ」
「なるほど…アイシング外しますね」
アイシングを外して足に触れるとビクリと彼の足が微かに跳ねた。
手のひらで包むように患部を抑えると、強ばりが少しずつ解れていく。
「ネージュ・リュバンシェに会いました」
「ネージュに?」
「ここに来る途中の廊下でばったり」
「…そう」
「彼、ヴィル先輩と同じステージに立つのをすごく楽しみにしてるみたいですよ」
「…」
黙った先輩の顔が険しい、俺のせいだけど。
窮屈さを確認しながらテーピングを巻いていくと、最後に足の可動域を確認してもらう。
「あくまで応急処置ですから、本番以外はあまり無理はしないように」
「十分よ、有難う」
「先輩」
嫉妬に狂った彼ではないけれど、それでもネージュへの固執が見える瞳。
「ビビらせてやってくださいよ、寝言言ってる奴を」
ニヤリと笑ったのが自分でもわかる、俺やっぱオクタだわ。
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作者名:きない | 作成日時:2021年1月13日 18時