百六十六歩 ページ38
退屈しのぎなのかお膳立てなのか、マレウス先輩はあっさりとコロシアムを直してくれた。
凄いとかよりも怖い、どんだけの力があればこの規模を瞬く間に、寸分違わず直す事が出来るのか。
マレウス先輩がヴィル先輩に上から目線でエールを送れば、ヴィル先輩もマレウス先輩に上から目線で言葉を返した。
何時ものヴィル先輩に戻ってくれて何よりである。
どよめく一同から一歩離れた位置でぼけっと見ていた俺に近づいてきたマレウス先輩。
目を細めて俺を見下ろした。
何も言葉が出ない俺に何を思っているのか。
振り返り、彼らに余興楽しみにしている、と言葉を残して、彼は皆の前から消えた。
俺も連れて…は？
可愛らしい歌声と歓声が少し遠くから聞こえる。
コロシアムの外に出たらしい。
マレウス先輩から距離をとる。
俺はあの場に置き去りにされた事を根に持っています。
｢お前の魔法は、役に立ったか？｣
｢全然、全く、これっぽっちも駄目でした｣
｢そうか？その割には皆、地に足をつけていたようだぞ｣
クスクスと笑うマレウス先輩を睨むと、一層楽しそうに笑われた。
何故彼が俺だけを置いていったのかはわからないけれど、自分がいては物語が上手くいかないとわかっていたのかもしれない。
事態が最低限の被害で済むに越した事はないが、それでは面白みに欠ける。
｢お前の力なら、あの毒は消せただろう？｣
｢まさか、俺にそんな力ありませんよ｣
｢そうか？…あぁ、怖かったんだな｣
そう呟いた彼は、哀れんだような目で俺を見た。
俺の何を知っている訳でもないくせに。
そんな悪態が口から出かける。
｢俺は先輩のように優れた魔法士ではないですから、ヴィル先輩に勝てるはずがない｣
｢そう思っているうちはそうだろうな｣
何でも知っているような顔が気に食わない。
｢人間は計り知れない…あのヒトの子のようにお前も、自分の知り得ない力を秘めていると僕には思える｣
｢監督生はそうかもしれないですけど、俺は違います…事勿れ主義の平凡な人間だ｣
｢そう思っているならそれでも構わん…しかし友の為に自身を投げ出せる、その勇気を忘れるな｣
この人は一体何処まで知っているのだろう？
何を知っていて、どう動くのが最良と見ているのか。
それが本当に正解なのか、わかる筈もない答えを訝しむ。
｢お前は強い子だ…誇っていい｣
優しい声でそう言ったマレウス先輩に、俺は何も言葉を返す事が出来なかった。
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作者名：きない | 作成日時：2021年1月13日 18時
