百六十歩 ページ32
手袋はしている、大丈夫。
これは、変えてはいけない。
今は薬草のありのままの効果が必要なんだ。
意識を改めながら、薬草の葉を一枚ジャミル君に差し出す。
｢ジャミル君、これ噛んどいて｣
｢…よくこんなモノ持ってたな｣
｢用心深いのよ、オクタは｣
｢油断ならないな…行くぞ｣
ジャミル君の言葉に頷いて、俺も葉の一枚を口に含んで噛んだ。
ジャミル君がばっと広げたのは魔法の絨毯だった。
お前相変わらず可愛いな。
フリンジを揺らしながら魔法の絨毯は有毒ガスを散らしながら飛んでいく。
頼もしいな、魔法の絨毯。
ジャミル君と魔法の絨毯の登場に感動するカリム君を雑に引っ張りあげる彼に生温い視線を向けつつ、俺は監督生とグリム様を引っ張りあげる。
ルーク先輩は呼吸が苦しい癖に監督生が絨毯に乗るのを手伝ってくれた。
直ぐに先輩の腕を掴んで引っ張ると、薬草を渡す。
｢ルーク先輩、これを噛んでてください｣
｢…呼吸を助ける薬草か、助かるよ｣
外に出るまでの間だけでも、回復に務めて欲しい。
それでもヴィル先輩を見つめるルーク先輩をそっとしておく。
｢カリム君、これで噛んで｣
｢Aっ？！ゲホッ！！｣
何で？と驚く彼の口をハンカチを抑える。
それにしても、気化するのが早いどころか量が可笑しい。
液体の本来の量を超えているのは明らかだ。
｢監督生、グリム、これ噛んでて｣
｢え？この葉っぱ何なんだゾ？｣
｢呼吸が楽になるから飲み込まないように、あと鼻で息しないで｣
言われた通りに薬草を口に入れ、監督生と…様はもういいか、グリムもヴィル先輩に目を向けていた。
俺も、彼を見る。
ゾッとする程美しい。
怖いと思うのに目が離せない。
正に、ここに居る誰もがその状態なのだろう。
彼の事を知っているからこそ、彼らしくない美しさがやけに目を引く。
靄のように沸き立つ毒々しい煙も相俟って、この世のものとは思えない。
目が霞む、これは身を蝕み始めた呪いのせいか。
｢駄目だ…効果が薄い｣
｢喋れるだけでも上等だ、外に急ごう｣
ジャミル君が魔法の絨毯を操って外へと急ぐ。
咳き込むカリム君と監督生の背をさすりながら、ルーク先輩を盗み見る。
険しい表情を後方に向ける彼の目は怒りはない。
失望も悲しみもない、その代わりに後悔、そして落胆が俺には見えた。
｢ルーク先輩？｣
｢ん？あぁ、惜しい事をしたと思ってね｣
｢惜しい事？｣
｢あのジュースを飲んでいたら…とね｣
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作者名：きない | 作成日時：2021年1月13日 18時
