燐寸3 ページ4
・
運ばれて来た患者は傷だらけの少年だった。
「綺麗ですね」
眠る彼を前にそう呟くと、森さんは喉を鳴らして笑う。
「彼が何で此処に運ばれて来たか分かるかね」
「さぁ。腕の傷は少し前のものですし、治っても何度も傷がついているように見えますね」
「良い考えだ。彼は自 殺未遂者だよ」
「死に損ないですか……あぁ、成る程」
つまりは、そういうことだ。
「やるのですね」
「君にも付き合って貰おうかと考えていたが」
「御命令とあらば」
本音を言えば付き合いたい。
きっと酷く美しいであろうその時を間近で見たい。
「ですが、その役目は彼一人で十分かと」
「ほう…今更怖じ気づいたのかい」
「いいえ、証人として効果が薄いからです。素晴らしい瞬間に野次馬は要りませんし」
彼が僅かに身動ぎをした。
森さんと一瞬視線を交わして、それぞれ動き出す。
廊下へ出ると背後から声が聞こえてきた。
「お早う、気分は如何かな」
それに対する答えは無いようだ。
あの美しい顔の瞳は何色なのだろうかと、そんなことを考えながら歩く速度を速めた。
目の前の少年は不貞腐れていた。
「彼女は
名字が森になっていないのには訳がある。
家に思い入れがあるから、ではなくこの裏の世界で森と名乗れば暗殺のリスクが高まるからだ。
というのも建前で、こんな天才の娘だなんて養女だとしても畏れ多いということでそのままになっている。
「よろしくね」
「………」
一応声を掛けてみたが返事はない。
私を睨みつけて動かないのでそっと森さんに助けを求める。
「此方は太宰治君。先日、自 殺未遂で運ばれて来たのは知っているね」
「はい」
「年も近いことだし、仲良くして呉れ給え」
「はい……え」
終わり?
後はお若い二人でよろしく、にっこりと笑って森さんは部屋を出て行ってしまう。
待って、置いてかないで。
ちらりと見ると食事にはまだ手がつけられていなかった。
水差しの水は減っているけれど、補給するほどでもない。
これはすなわち、やることがないというやつだ。
「ねぇ」
まぁ仕事は探せばある。
森さんが仲良くと言ったのなら暫くこの部屋には居るべきだろう。
取り敢えず窓でも開けて空気の入れ換えを
「ねぇ、聞いてるの」
「……聞いてるよ」
独り言ではなかったらしい。
カチリと合った眼は深く暗い色をしていた。
69人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2020年10月28日 0時