交差世界の迷宮解読10 ページ41
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[所縁の地]
「昨日ねぇ、福沢さんが猫と遊んどったんよ。ほいだら煮干しがのーなってぱぁーっと逃げられとるもんで、でら落ち込んどるでかんわ」
福沢邸の月に照らされた縁側。
「つい半刻前までは"普通"だったんだけどねえ」
「与謝野ちゃん? えらそうだなもし、水飲みゃぁ」
顔を覗き込まれたかと思えばそんな事を言われてぎょっとする。
確かに此の度数の高い日本酒を開けたのは妾だったが、否、女子会に乱歩さんを呼んだ事を責められているのか。
グラスをさっと取られて、飲み掛けていた酒は上機嫌なAに浴びるように飲み干されていく。
「そうじゃんね、水ぐらい持ってきたら良いんだが」
空になった瓶を几帳面に並べて、存外しっかりした足取りで立ち上がる。
其処で振り返り漸く恋人の存在に気が付いたらしい。
乱歩さんの顔がさっと青ざめたような気がした。
「ありゃ、乱歩だがん。明日出掛けるまわししとったが、こんな所におっておおちゃくこいとらせんかね」
「厭、えっと、」
「あ? ケッタもひとりでよう乗らんもんで、お金こわして持っとかなかんて昨日からめちゃんこゆっとるがん」
Aはどんな表情をしているのだろうか。
一歩踏み出したAから乱歩さんは二歩後退して距離を取る。
其の拒むような動きに、笑い声が途絶えた。
「…何しとん?」
ゆらりと首を傾げたAから溢れたのは、普段は聞いた事の無い低い声だ。
「何しとん? まじありえんし」
前触れは無かった。
Aが乱歩さんとの距離をゼロに詰める。
刹那、飛び込んでくる黒い影。
手が乱歩さんに届く寸前に、Aが弾かれたように大きく庭へと跳ぶ。
浴衣が捲れて露になった素足で土へ降り立つ姿を目で追ってから、視線を戻す。
ぺたりと床に座り込む乱歩さんの前に立っているのは簡素な着物姿の社長だ。
「A」
「くふふ…」
厳しい表情で呼ばれた名前にAはただ笑みをもって返す。
だが、珍しく其の笑みに恋の色は無い。
普段と変わらぬ顔色で、其の唇からは普段と異なる言の葉を紡ぐ。
「福沢さんじゃん。女子会は男子禁制だもんで鍵かっとかなかんかったわ」
「…」
目を細める社長を正面から見据えて、月光を浴びて至って平常に佇んでいる。
うっそりと微笑みを浮かべる唇が今。
「逢瀬の邪魔だがん。其処を退きやーせ」
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にゃーちゃん - 初コメ失礼します!超面白いです!思わず一気読みしちゃいました!更新楽しみにしてます! (2022年2月6日 2時) (レス) @page47 id: 04c952a5b3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2021年5月16日 19時