糸し怪し【文スト】【太宰治】ー耽溺ー (ページ10)

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・　中原side ページ10

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手の届かない花が、目の前に在る。

「有り難う。本当に助かったよ」

荷物を運び終えた彼女が振り返る気配がして、

そっと視線を窓の外へと流す。

「時間が空いたからな。

最近は部下に任せて

運転してなかったし、良い気晴らしになった」

まるで木の中に家が在るような感覚。

昔ながらの建築方法で特殊な大工に造らせた

彼女の家は一階が花屋で二階が母屋になっている。

茶会と花見が行われる庭には花が咲き乱れ、

冬には美しい氷像が並ぶ。

「そう言って貰えると頑張った甲斐が有ったよね。

何か飲む？」

「座ってろ。傷、未だ塞がってねぇんだろ」

落ち着く自然の匂いのなかでは、

より血の匂いが濃く感じられる。

「臓器は傷付いてないし、大したことないよ。

ほら」

「ほら、じゃねぇよ。男相手に服を捲るな」

「包帯替えなきゃいけないから。手伝ってよ」

床に、シャツが投げ捨てられた。

椅子に跨がり、片手で包帯を解きながら

ニヤリと性格の悪い笑みを浮かべている。

「相棒の包帯も巻いたことある？」

「巫山戯んな。そのまま首絞めるぞ」

「心中のお誘い？あは、モテる女は辛いね」

「死んで喜ぶような奴を態々殺さねーわ。

特に今のお前は」

白い肌、折れそうな細い首。

滑らかな背に赤の刺し傷の痕。

「…治さねぇのか」

「治らないね」

その言葉を皮切りに、まるでたった今

刺されたように赤い雫が垂れてくる。

新しすぎる、新鮮な傷口。

「嗚呼、もう効果が切れたか。早いなあ」

「どの瓶だ」

「左から二番目。棚の上から三番目。届く？」

「馬鹿にしてンのか」

「踏み台が…あ、私が座ってるわ」

「笑うな。黙って止血してろ」

「ん、有り難う」

肩を揺らして笑う彼女が、瓶を一息に煽る。

生花から抽出したとかいう液体は、

内側から傷口をみるみる塞いでいく。

「塞がったように見えてるだけなんだけどね」

「探偵社の医者はどうした」

「与謝野ちゃん？うーん…

私とも相性悪いからねぇ」

「……そうか」

便利な身体だよ本当に、と愉しそうに笑う。

外は漸く陽が沈み始めたところで、

焼けた空を背にして笑っている。

複雑な気持ちでそれを見ていると、

彼女がぴたりと笑うのを止めた。

「あらァ…此れは珍しい。

開店一番に客が来たね」

確かに人の気配を感じる。

この気配は。

「行ってくるよ。

中也は此処で少し待ってて」