飲料水 ページ6
蛇口からの水が飲める家はそれだけで価値が上がるのでは無いかと思ってしまう。
コップに移さず、顔を横にして直で飲んだため下顎から片頬にかけてが水でびちゃびちゃに濡れる。乾きが満たされ、満足して顔を上げ伝った水を服の袖で拭った。
「いつもこんなことしてるの?」
かけられた声は聞き覚えがあった。驚く必要は無い。
「そうだよ。私はこそ泥だから」
窓を割らなかったのは通報を恐れたからだ。
木曜の昼下がり。子供たちは学校、ご主人が仕事、網戸にしたまま出かけるうっかりものの奥さんが買い物に出かけることは調査済みだ。特に奥さんは決まった曜日だけ買い物の前にママ友とお茶をする。それが今日だったのだ。
「でも、どうして核家族の家に?一人暮らしの人の家の方が簡単に侵入できそうだけど」
「理由はあなたと一緒かな」
挑発と受け取られてしまったのだろうか、ピクリと眉が歪む様を見て首を振る。
「駆け引きがしたいわけじゃない。ただ単に事実なだけ」
「同じって、どういう……」
「核家族じゃなきゃダメなの。一人暮らしじゃ嫌だから」
「……」
「憧れてるの。私、家族ってやつに」
幸せな家庭の象徴、大きなテーブルに指を滑らせた。
話せば長くなる。だから在り来りな話を私は掻い摘んで、なるべく悲観的にならないよう説明した。
罪を犯し更生したつもりで、結局私は今、ここにいる。
あの日は別に最初から手に掛けようとしていたわけじゃなかった。ただ羨ましかった。
私も仲間に入れて欲しくて、溜まりに溜まった承認欲求が爆発した末の行為だったのだ。
馴染みのない空気をたらふく吸い込み、ため息のように吐き出した。
抱え込んだ虚無は埋まらない。
「全部自分のせいなのにね」
思わず自虐的に微笑む。性根から悪に染まりきる事ができればどれだけ楽だろう。
私の自分勝手な、半ば独白のようなそれに彼は耳を傾けてくれたらしい。難しい顔をして、まだそこに立っていてくれた。
その事に、少し心が軽くなる。
「聞いてくれてありがとう。お礼しなきゃね」
「別に、要らない」
「……そろそろ行こっか」
長話をした気はしないがそこそこ時間が経っている。そろそろ奥さんも帰ってくるだろう。
目線を下げる。立てられた小さな写真の中で、面々が私を見返していた。
私にはもう二度と絶対に手に入らない家族の幸せがそこにはあった。
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作者名:ふたひみ | 作成日時:2021年6月25日 10時