01.雷鳴の中で ページ37
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それはバイト中の出来事。
店の外はバケツをひっくり返したかのような土砂降りなのもあるのか、御客は誰一人も居らず、外を出歩く人の気配も感じない。
掃除も在庫確認も終わり、することも無く爪の先を見たり、指を閉じたり開いたり。兎に角暇で、早く上がり時間にならないかなと時計に目をやったり。
傑はと言うと、暇を持て余す私の隣で傑は椅子に大人しく座ったまま、店の入口をずっと見つめている。
「店長早く戻ってこないかなあ」
そうすれば私たち上がれるのにね。と、隣にいる傑に話を振った時だった。ふと、隣から視線を感じて其方を向けば、入口を見ていた筈の傑は目と鼻の先に居て。視線を交えてしまえば、何故か身体は石のように動かなくなる。
瞬間、一際大きな雷の音がして、辺りはほんの数秒暗闇に包まれる。チカチカと光が点滅した時、微かに動いた傑の唇は、声は、なんて言ったのか聞き取れなくて。
「すぐ、」
名前を呼ぼうとした私の唇は押し付けられた傑の薄い唇に押さえつけられて。片方の手首はいつの間にか傑の掌に捕まえられて、傑の座っていた椅子がガタリと音を立てる。
一度遠ざかった__かと思えば、今度はまるで食べるみたいに下唇に柔く噛みつかれて。
__何?! なに?!
突如、降ってきたキスの雨に思考回路はぐちゃぐちゃ、情報が追いつかない。
甘さを孕んだ空気も熱も、何一つなかったというのに、彼の中で一体何が起きているのだろう。
「……〜す、ストップ!!」
離れた瞬間を見計らって、掌で傑のキスを受け止めた。キスの続きを邪魔された傑は私の掌を恨めしそうに見つめながら引き剥がす。
「……私とキス。するの嫌かい?」
「仕事中だから」
「ふぅん? でもこの前、しようとしたら逃げたじゃないか」
傑の言葉に嫌でもピクリと身体が反応してしまった、図星だ。傑は『誤魔化せているとでも思った?』怒っているのか抑揚のない声に私の肩身は狭くなる一方で自ずと傑の視線から逃げてしまう。
「……に、逃げてない」
「おや。目が泳いでいるね、私に堂々と嘘をつくつもりかい?」
「逃げてない! あれは避けたの!」
逃げた頤を捉えた傑の手は強制的に視線を絡ませ、嘘つき呼ばわりした挙句に声を上げる私を見てほくそ笑む。
冷ややかな声はただの冗談で本当はただ、私の反応を見てからかいたいだけなのか。
「……なら、今度から私とのキスを断る理由、ないよね?」
「……それは、」
ピタリと耳朶に口を寄せ吐かれた言葉に、先程のキスが嫌でも脳裏に過ぎって、じわじわと頬に熱が充満していく。
「おや? 顔が真っ赤だけど何を想像したのかな?」
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作者名:愛 | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/dear_utsuk?utm_medium=url_text&utm_source=pro...
作成日時:2023年10月4日 16時