私の記憶 ページ31
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「おや。キミは "此方側"に居るとはね」
「冥さん…………久しぶりです、ね」
火が尽きる時は傑の胸の中にいたのに。呼び起こされるように目を覚ませば誰もいない閑散とした場所に一人椅子に腰を掛けてもうどれぐらい経ったのだろう。
漸く人の気配がしたと思えば、それは冥さんで。
彼女は私の記憶に残った時とは少し異なる姿……ポニーテールにしていた髪の毛は、前と後ろで三つ編みにされている。
「……冥さん。出口はご存知ですか?」
「うん? 出口? それならば彼処だよ」
冥さんが来たのならば入口があるはずだ。幾ら私が探しても見当たらなかった場所を尋ねれば、即座に答えは返ってくる、此処に来たのが冥さんで良かった。
『アッチだよ』そう冥さんが指差す先に、確かに出入口らしきものがあって……本当に、一体いつの間に現れたのやら。
「__いいのかい? そちらに進んで」
すれ違う瞬間、冥さんの言葉に私は足を止め振り返る。
「出てしまえば、キミは全ての出来事を忘れてしまうよ。この世界の事も、自分自身のことも、勿論夏油くんのこともね」
「…………記憶なんて何時かは全て忘れますから」
時が経てばやがて。辛くなかったと言えば嘘になる。痛かった、苦しかった……でも生きてきた中でそれらが全てではない。私が高専に通っていたあの日々は何ものにも代え難い思い出だから。
あの頃は良かった……そう思えるだけで十分で、過去はどう足掻いても過去でしかなくて。
__傑は、そうじゃなかったみたいだけど
「__それに私、"また" こんな私は嫌だから」
人とも獣とも呼べない私
人の形をしていながらも人と同じ時を過ごせない私
本当はずっと焦がれていた、普通の人間に
この世界に産まれていなければ、私は本当に忌み子だったのだろう。幾ら能力を褒められようが、所詮はバケモノとそう変わりは無いのだから。
「……例え全てを忘れてしまったとしても、本当に思い出したくなったら、思い出せると思います」
私の名前を呼ぶ優しい声も、温もりも香りも、死してなお記憶に刻み込まれている"夏油傑"という存在も、忘れてしまうのはほんの少し寂しい気もするけれど後悔なんかじゃ、無い。
「……そこまで言うのなら、好きにするといい。でもね、キミに夏油くんが必要だったように、彼もきっと__」
きっと、そこに続く言葉は言わずに冥さんは笑みを浮かべて、ひらりと片手を振った。
「今度会う時は、二人揃って私に会いにおいでA」
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作者名:愛 | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/dear_utsuk?utm_medium=url_text&utm_source=pro...
作成日時:2023年10月4日 16時