悔 ページ20
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練習室に行き、ホシに少し怒られてからも心の奥底ではAくんのことしか考えられなかった。
お陰でダンスは失敗だらけ。
何度も指摘をされた。
足はもつれるし、手の振りを左右逆にしてしまうし。
本当にダメなやつだ。
「ヒョン…珍しいね」
『…ミンギュ…』
心配してくれたミンギュが隣に座って缶コーヒーを渡してくれた。
「ヒョンはそんなに失敗とかしないじゃん」
『…うん』
「もしかして…誰かのこと考えてる?」
『……』
「無言は肯定ですよ〜」
缶コーヒーのラベルを眺めながら、段々と手に力が入っていくのが分かる。
『怖いんだ。失うのが』
「…うん」
『……いつか俺の前から消えてしまうって考えると震えが止まらなくて、今も仕事第一なのに彼のことしか考えられない』
「…失いそうなんだ」
『…交通事故だよ。小さな子を守って巻き込まれたんだ』
下唇を噛み、顔を下に向ける。
今も彼は眠り続けているのだろうか。
もしも起きずに此の儘お別れだったら。
きっと後悔する。どうして素直にならないんだ、と。
それでも戻ってこないのが人間なのだが。
「…ヒョン」
ミンギュに呼ばれ、顔を上げるとポケットに入れたスマホが太腿で揺れた。
『ごめん』
謝罪をいれ、電話に出るとかけてきた相手は店主さんだった。
思わず立ち上がってしまった。
全員に不思議そうな目で見られた。
練習室から出て、廊下で話す。
『今はどこに?』
「病院だよ。無事事情聴取も終わってね。相手の方も取り調べを受けているみたいで…」
『そうですか…』
取り敢えず、信号無視した車の運転手が捕まったことに一安心。
もしそのままだったら一生許さないところだったよ。
「それでね。Aくんなんだけど…」
緊張からか唾が沢山出てくる。
ゴクリと飲み込み、思わず身構える。
「まだ結果は出てない。けれど手術はもう少しで終わりそうだって。成功の方向に向かってるけど、まだ様態が急変する可能性があるし、何かしら後遺症が残るかもしれないって」
『…良かった……』
成功の方向に向かっているという言葉を聞けただけでもどっと安心感が戻ってくる。
けれど気が緩んでいてはダメだ。
まだ、まだ目を覚まさないと意味が無い。
「君は仕事で忙しいでしょ?彼のことは俺に任せて。俺は毎日行くつもりだからさ。また何かあったら連絡するね」
『はい。ありがとうございます』
ぷつりと切れた電話。
連絡じゃなくて直接彼の姿を眺めたいのに。
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作者名:ピーナッツバター | 作成日時:2021年8月2日 2時