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季節は巡り、またあの日がやってくる。
日本は梅雨に入って、今いるこの国でも雨が多くなった。
朝起きて、カーテンを開けて窓も開けて、チェストの上で笑う懐かしい姿に語りかける。
「おはよう…燐くん。今日は糸師くんと一緒に行くから」
目の前で笑っている燐くんは何も言わない。去年まではそれにいちいち傷ついていたけれど、今年はそれも受け止められた。
クローゼットから真っ黒のワンピースを取り出して身に付ける。
指輪を着けるかどうか迷っていたら、ふとスマホが電話を知らせて震えた。
「…もしもし。おはよう、糸師くん」
『はよ。調子は』
「大丈夫。今日はわざわざごめんね、ありがとう」
『大丈夫ならいい。また』
「うん、また後で」
通話を切ってスマホを置き、朝食の支度をしにキッチンへと向うとニケが出迎えた。
「おはようニケ」
「ミィ〜」
「今日はお留守番、ごめんね。待っててね」
「ンミャ」
もうだいぶ大きくなった背中を撫で回して、優しく抱き上げた。
*
「おはよう、糸師くん」
「はよ。今日はニケは」
「今日はお留守番。大切な日だから」
変装した糸師くんはサングラスの奥で目だけで頷き、私の運転する車の助手席に乗り込んだ。
車を発進させると糸師くんはサングラスを取って窓の外を眺めている。
「墓、こっちなんだな」
「うん。燐くんのお父さんがこっちのハーフだったんだ」
「へえ…」
お墓はここから1時間くらい車を走らせた場所にある。
指輪は結局つけてこなかった。だって今は糸師くんがいるから。1人でも、立っていられるから。
真っ青に澄んだ空を眺める糸師くんの横顔をチラリと見遣って微笑んだ。
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作者名:瑠璃烏 | 作成日時:2024年1月27日 23時