あした天気に /冨岡義勇 ページ3
あした天気になあれ、といって下駄を放る。
夕暮れのこの時間がいちばん嫌いだ。幸せなものは浮き足立って家族のいる我が家へと帰り、行くあてのないものは長い夜のために息を潜める。幸せなものは家に帰ると今日あったことをびいどろのようにキラキラした目でおしゃべりしながら暖かい夕食をつつく。行くあてのもの達は今日も生き延びたと安堵する間もなく明日の心配ばかりだ。
弧を描いて飛んでいく下駄。これは誰に教えてもらったんだっけ。こんなくだらないことを教えてくれる人なんて、きっととても優しいのだろう。思い出せない誰かを思うと、しゅんと寂しくなるので考えない方がマシだろうな。
カラン
「う。」
「あ、いやだ、ごめんなさい。」
ぴょーんと飛んだ下駄は私の想像よりも遠くで、男の人にあたって落ちた。黒い髪をひとつにまとめて、派手ではないが目元の涼しい男の人に。
「ごめんなさい。、つい遠くへやってしまって。お怪我はございません？」
男の人は2､3回目をぱちくりとさせてから、じいっとこちらを見た。長い前髪から覗く目は、夕焼けで橙色に光って見えた。
「ここは、」
「どこだろう。」
「へ？」
男の人は特に動揺した様子もなくこちらに問うた。
「...迷子？」
と聞けば少しムッとした表情を浮かべたが、否定しないということはつまりそうなのだろう。明らかに私よりは年上で、近くで見ると余計に涼しい目元のガタイのいい男の人が、ここがどこかわからないと言うのだから、私はなんだか面白くなってしまった。
「お兄さん、地図貰ってきてあげるからちょっとまってて」
パタパタと走って戻ってくると、その人はまだそこで生真面目に待っていた。
「はい。今私たちがいるのがこの店の前だから東にまっすぐ進んで6軒目の路地を入ると往来に出られますよ。」
地図を見せながら説明するとその人は心做しかほっとした表情をしたように見えた。
「すまない。始めて来るもので土地勘がなかった。」
なんとなく、きっとこういう人が私にあした天気になあれを教えたんじゃないかな、とふと思った。わかりやすくないけれど優しくて、真っ直ぐで言葉に裏のない人。万華鏡やびいどろみたいに透き通ってキラキラ煌めいている人。私ではない人。
「明日、晴れますかねぇ。」
ぽつりと呟いた言葉はいまいち聞こえなかったようで、男の人はまたこちらをぱちくりと見た、その目が黄昏で紫色に光っているので、私は誤魔化すように目をそらす。
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あおりんご(プロフ) - 吹雪さん» ありがとうございます！挑戦してみます。とてもゆっくりの更新ですが、読んで頂けて嬉しいです。 (2020年11月6日 22時) (
レス) id: 8502751b8c (このIDを非表示/違反報告)
吹雪 - あの、悲鳴嶼さんは書いてもらえませんか。 (2020年11月2日 21時) (レス) id: a5355ab53e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：あおりんご | 作成日時：2019年8月15日 1時
