モーニングスター家の次女【ハズビンホテル】 (ページ3)

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「月が閉じ込められている」

　彼は呟いた。それは欠片もわざとらしさがなく、自然に口を継いで出たように思えた。その言い回しはどこかロマンチックで、こんな状況(・・・・・)でなければ心を奪われていたに違いない。

　夜の森の中で、Aは静かに命の危機にさらされていた。状況を簡単に説明すると、細身の青年に組み伏せられ、ナイフを首に当てられているところだ。うっすらと笑みを貼り付けた顔は優しげに見えるが、丸眼鏡の奥の目は笑っていない。

　この日は月の満ち欠けの始まりであり、星空を見上げても主役の姿を拝むことはできない。先程のセリフはAの白銀色の瞳に向けられたものであった。

「すまないね」

　ナイフの刃がより一層強く押し付けられ、首筋から一筋の熱が流れるのを感じる。硬く冷えきった土がゆっくりと背中から体温を奪い、ぞくりと悪寒が走る。その作用をもたらす理由には恐怖の感情も混じっていた。

　はやく逃げなければ。Aは束の間そう思ったが、ふとあることに気がついた。よく魔法の力を借りて人間界のラジオ放送を視聴していたが、彼と全く同じ声を聞いたことがあったのだ。それも何度も。

「あの、違ったらごめんなさい。ひょっとしてラジオ番組の司会をされていましたか？」

　名前も出してみると彼はやや大袈裟に驚いた素振りを見せた。

「なんと、リスナーの方でしたか！ああ、非常に残念だ。大事な視聴者の一人をこんな形で失うことになるなんて」

「その心配はいりません」

　Aは右手を伸ばし、彼の左肩に触れるか触れないかの距離で止めた。ここなら多少怪我はしても命を落とすことはない。

「あなたのトーク、とても素敵でした。では」

　素早く呪文を唱える。白い閃光が辺りを照らし、二秒も経たぬうちに再び闇が訪れる。そして青年が体を起こした時には、Aの姿は忽然と消えていた。

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