モーニングスター家の次女【ハズビンホテル】 (ページ14)

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　一人の青年が前方を睨みつけながら歩いている。右手には折り畳みナイフ。視線の先はスーツ姿の男の背。

　青年は徐々に歩調を早め、やがて駆け出した。男が振り向く。銃声、消えた刃。

「な、なんだ……！？」

　男は青年に負けず劣らず驚いていた。――コイツ、俺を殺そうとしやがった。だが、今の銃声は何だ？誰がどこから撃った？

　青年が逃げ去った後、Aは少し時間を空けて男を追いかけた。発砲したのは彼女だった。襲撃者の命を奪わず、傷ひとつ負わさず、ナイフの刃だけを的確に撃ち抜いたのだ。

「＿＿さん！」

　Aの声に男は振り返り、「やあヴァイオレット！」と気さくに手を振った。

「ちょうど君に会いたいと思っていたところだ」

「私もです」

「実はこの前の……」

　彼は仕事がよほど捗っているようで上機嫌だった。先程の出来事をあっという間に思考から追いやってしまうほどに。

「それで、例の企画も順調に進んでいてね」

「やっぱりあなたはすごい！」

「改めて言われると照れるな」

　それで、と彼はゆっくり確かめるように一拍おいてから改めて問いかけた。

「本当にうちで働く気はないのか？」

「ええ。事情は言えないのですが……。でも、あなたのところで仕事ができたら私はとても幸せなんでしょうね」

「良い口説き文句だな」

　彼は真意に気づいていない。それでいい、とAは思った。悪魔が生きた人間と親密になりすぎてはいけないのだ。

　二時間後、男と別れてからAはある場所へ向かった。襲撃犯の自宅である。

　閑静な場所に建てられたアパートの一室に、その青年は一人で暮らしていた。扉を開けた彼はどこにでもいる普通の人間に見えた。戸惑うような表情からは、聖人ではないが決して悪人ではない性格がのぞいている。

「突然すみません。お訊きしたいことが……」

　Aは青年の部屋で、犯行に至った理由を聞いた。青年ははじめは冷静に話していたが、後半になるにつれて声は震え、最後には顔を覆っていた。

「あの男……あいつのせいでライリーは死んだんだ。良い奴だったのに……何であいつ、のうのうと生きて……！」

　青年が嘘をついていないことは分かっていた。だからこそつらかった。だが何より許せないのは自分だった。ライリーという罪のない人間が死んでしまったことよりも、最愛の人の地獄堕ちを嘆く自分の心が。