__第十一幕__ ページ5
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《ぬ……ぬおおおーーーっ!? ひ、ひひひとがっ、だ、だ、だれだあああ!?》
いっそ大袈裟なほどに驚く天馬とは違って、小さな俺は全く臆せず話しかけてきた。
《おねえさん、だあれ?》
「………………」
首を傾げながら俺のことを見上げてチビは聞いてくる。しかしその質問に答えるほどの余裕は俺にはなかった。
これは、このチビは、俺だ。声質、癖、息継ぎ――聞き間違えるはずのない、正真正銘自分の歌。
故に生まれた、大きな疑問。
「お前は……なんで、あんな歌が歌えるんだ?」
《え? あんなって、どんな?》
純粋な瞳をまあるくさせて、小さい俺は問い返す。
《わたしはふつうに歌ってるだけだよ》
「いや……でも。違うだろ。俺は――お前は、歌、嫌いだろ。毎日無理矢理歌ってるだろ。なのに」
《え、そんなことないよ》
段々と熱が入りだした俺を遮った彼女は至極不思議そうに俺を見た。まるで、俺が突拍子もないほら話を話したみたいに。
そして、子供らしく、にっこり笑って。
《わたし、歌うの好き。おねえさんだってそうでしょう?》
「え、い、いや、でも」
《理由はねー、なんだろなー? ねえ、つかさくん、なんだと思う?》
《えっ、オレに聞かれても》
色々言いたいことのある俺を放っておいて、二人してウンウン唸り始める。
歌が好きなんてそんなの思い込みだ。自己暗示だ。だから理由なんて見つかるはずがない。ましてや、他人の天馬になんて。
《でも、お前、前に言ってなかったか? オレが、歌の練習辛くないのって聞いた時》
《あ、そっか! あれって理由だよね!》
おねえさんお待たせ、と再び俺と向き合う。清々しく晴れ渡った顔で続けた。
《わたしね!》
彼女は俺の手を掴んだ。聞いて聞いて、と得意げに自慢するように。
《おもうんだ。歌って、きっとだれかの役に立つって。でも、わたしむずかしいことわかんないから……今は、私が歌う理由を、探してるとちゅう!》
否定したくなって、でも、俺は何も言わなかった。
否定する言葉が、おかしいことに、見つからない。
《ねぇ、おねえさんは、歌うの好きじゃない?》
それまでずっと固く、固く閉ざして、もう床と同化してしまうほどにキツく閉めた蓋が、開いていく。
それは、長年思い出そうとしなかった記憶の蓋。
「ち、ちが、俺、は」
《そもそもお前、なんで歌がきらいなんだ?》
「だってお母様が、歌えと言うから。ずっと、ずっと、歌わされてきたから」
もう擦り切れるほどに使った理由を口にする。
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