演目『落涙☆みっくすあっぷ!』 ページ26
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――司は、1-Aの教室の前で、気配を必死に消していた。
音を立てないよう扉に張り付いて、全身を耳にする勢いで中を探る。
「す、好きです! ずっと前から好きで……ッ! もし良かったら、僕と付き合ってください!」
「うーん。なるほどね」
ぎゅうぅ、と司の瞳孔が不気味に膨らんで、息が荒くなる。身体中に冷や汗が纏わりつく。
教室の中で、校門で待ち合わせをしていたはずのAと、見知らぬ男子生徒が向かい合っていた。それに加え、先程の台詞。何をしているかは明確。
相手は本気だ。Aも真面目に取り合っている。だからこそ思う。思ってしまう。
断れ、断れ、断れ、断れ。
最低だ。こんな姿、未来のスターどころか、友人としても相応しくない。
ああ、でも、頼むから断ってくれ。
「まぁ」
どん、どん、胸の内側から伝わる衝撃。
苦しい。呼吸ができない。
たらり、何かが頬を滑り落ちる。
司は扉の外で、ただひたすらに祈る。
断れ。断って。断ってくれ!!
だって。
そんなはずは。
ずっと前から好きだったのは――!
「いいんじゃね?」
「……! ほんと!?」
グシャリ。
「ハ、ッ」
何かが終わる音がした。
☆
「司早いね、今日はAと一緒じゃ――え、どうしたのその顔!?」
「つ、つつつ司くん!? 大丈夫!? どこか痛いの!?」
司の足はまるで逃げ出すように、自然とワンダーステージへと向かっていた。
「あぁ、これは、すまない……ずっと止まらなくて」
彼は困ったように笑いながら、なんでもない風に言った。
目元と鼻先を赤く染めて、それでもいつも通り振る舞う背中を摩ってやりながら、静かに寧々は聞く。
「……何があったか、聞いてもいい?」
「あたし達に、何かできることはない?」
司くんが泣いてるとあたしも悲しいよ、そう言ってえむも眉を下げる。
「情けのないことだが」
そこまで言って、大きく息を吐く。無理に作った笑顔で、「……失恋してしまってな」と締め括った。
「……え?」
「そ、それってまさか」
「……ははは、まあ、大したことではないさ。お前達の気にするようなことじゃない。類はまだか? 早速練習を」
さっきまで涙を流していたのが嘘のような、けろっとした物言いだった。
気分を切り替えたのか。否。切り替えられるはずがない。だって今でも胸の奥で耐えず悲痛な声が上がっている。
でも彼は少しばかり、人を偽るのが上手だったから。
オレは大丈夫。何も悲しくなんてない。痛いのは全部気のせい。今はこの想いもAも、忘れてしまおう。
そうやって騙そうとするのだ。周りも、自分も。
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