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急いで観客席に向かうと、そこにはもうすでに全員が揃っていた。どうやら天馬は練習よりも随分と早く来て謎の着ぐるみと打ち合わせをしていたらしい。
いや、なんだあれ。
「遅れてすまねぇ……ところで、ありゃ一体」
「着ぐるみさんだよ!」
「あ、そう……」
質問の意味を理解しているのか微妙なえむが笑顔で答えた。聞きたかったのはそういうことじゃなかったのだが、これ以上深く聞くのも野暮な気がしたので放っておく。
話が一段落ついたのか、着ぐるみが茂みの中へと去っていく。本当になんなんだ、アイツ。
「今日からまた公演が始まる……全員、気合を入れていくぞ!」
「はいっ!」
「はい……っ!」
天馬の、腹まで響く声に背中を押された気が勝手にして、口に出す返事にも自然と熱が入る。
普段は声のデカい変人のくせにこういう時だけ座長らしいモンだから、彼にとって舞台俳優は天職なんじゃないかと思う。
「今回もみんなで頑張って、お客さん達を笑顔にしちゃおー!」
「そうだね、今回はAくんが加わったこともあっていつも以上に大胆な演出ができるし……これが成功すれば次はもっと……ふふふ……!」
「お、おい、神代、顔」
「類、前も言ったけど普通に不気味だから、それやめてよね」
「おっとすまない。つい、ね?」
「『ね?』ではない! 全くいつも爆破されるわ飛ばされるわ、こっちの身にもなって考えろ!」
本番前であるにも関わらずいつも通りの調子で言い合いをする四人を見て、少しだけ張り詰めていた神経が緩んだ。
呑気な奴らだこと。
思わず笑いを漏らすと、不思議そうな顔をした寧々がこっちを見る。
「なに、急に笑って……あんたまで壊れた?」
「いや、ふふっ……なんでもねぇ。お前らが楽しそうだったから」
そう返すと、キラキラした目と弾む声色でえむが答えた。その表情からは、心からショーが好き、という気持ちがひしひしと伝わってくる。
「うんっ! あたし、今とーっても楽しいよ! だって、あたし達が笑顔じゃなきゃ、お客さんも笑顔にはできないでしょ?」
「えむの言う通りだな。まずはオレ達がこのショーを楽しまねばな!」
そのまま全員で諸々の最終確認を済ませ、軽く通しで練習をしている間も、えむと天馬のセリフはぐるぐる、頭の中を巡っていた。
――『あたし達が笑顔じゃなきゃ、お客さんも笑顔にはできないでしょ?』
その言葉は、俺の心に暗く影を落としていた小さな少女をわずかに、動かした。
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ありに(プロフ) - 5年ぶりに夢小説を漁ってたらとんでもない神作品に出会ってしまった…応援してます☺️ (2023年3月10日 19時) (レス) id: 1064f8688a (このIDを非表示/違反報告)
ただのせかおた - 最初の注意事項とか舞台挨拶(?)みたいな感じで書いてるのめっちゃ素敵です!!お体には気をつけてこれからも頑張ってください💍応援してます!! (2023年1月21日 23時) (レス) id: 5310fc155c (このIDを非表示/違反報告)
kubota6(プロフ) - この作品めちゃ好きです!応援してます! (2023年1月10日 23時) (レス) @page17 id: a05e9c9f42 (このIDを非表示/違反報告)
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