43話 生き抜いた価値（3） ページ37
苦しみを味わっても尚生きようともがくのは難しい。
挫けないで、走り続けるのは息が詰まる。
それでも、コイツは走った。
生きようとした。
そんなコイツを見ていたら何故か引き金を引けなかった。
A『こいつは俺だ・・・』
必死に足掻き続ける。
ゴリッと鹿の喉仏が折られた音がした。
アンケシさんがタシロを力強くひいたのだ。
鹿の断末魔が耳をさした。
アンケシ「最後まで責任を持てないなら最初から撃つな」
「・・・・・鹿を苦しませないでくれ」
アンケシさんがそう呟いてから鹿の腹を切り裂く。
俺はボンヤリとそれを見ていた。
自分と獲物を重ねたことなんて一度もなかった。
何なら引き金をひくことに躊躇ったことなんか無い。
俺は、自分を冷酷な人間だと思っている。
なのに――・・・。
アンケシ「A・・・ここに両手を入れてみろ」
A『腹に？』
アンケシさんに言われた通り腹に手を入れた。
アンケシ「どうだ？」
A『・・・・・熱い。温かい』
アンケシさんが微笑んで呟いた。
アンケシ「鹿は死んでAを暖めた。
鹿の体温が貴方に移って貴方を生かす」
「私達や動物たちが肉を食べ残りは木や草や大地の生命に置き換わる」
「鹿が生き抜いた価値は消えたりしない」
・・・・・生き抜いた価値。
何処かで俺は、鹿を殺したことでこの鹿が生きていた事実そのものが消えてしまうと思っていたのか。
戦争で微塵も気にしなかったことを。
俺は心配していたのだろうか。
A『よく、頑張ったな』
アンケシ「ああ・・・さ！後はこれを持ち帰り食べるだけだ！！」
「アシﾘパと杉元ニｼパも終わっただろうから早く帰るぞ」
鹿の解体を二人でして杉元とアシﾘパを探すことにする。
その道中。
二瓶「そこのアイヌの嬢ちゃんと兵隊さん。
止まってくれないか？」
A『・・・あ？』
俺とアンケシさんが振り返ると、猟師と思われる初老の男とアイヌ犬・・・。
A『谷垣・・・一等卒・・・・！！』
アンケシ「！！」
生きていたのか？？？
初老の男と谷垣一等卒が俺とアンケシさんに近づいてきた。
A『何のようだ・・・？？』
アンケシ「A」
銃身に手をかけていた俺をアンケシさんが止める。
アンケシ「この間は済まなかった。足は大丈夫ですか？」
谷垣一等卒がアンケシさんを見下ろす。
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作者名：白文鳥 | 作成日時：2020年9月27日 22時
