第伍話ーー別視点 ページ7
喫茶店うずまき。
探偵社行きつけというその喫茶店に入ってすぐ、中嶋は身体を震わせた。冷房が効きすぎているのだろうか。ひんやりとしている。見れば国木田や谷崎兄妹も腕をさすっていた。
若い女給が彼らを席に案内する。
席に着くや否や。
「す、す……」
谷崎は勢いよく頭を机に叩きつけた。
「すンませんでしたッ!」
「え?」
「試験の為とは云え、随分と失礼な事を……ボクの名前は谷崎 潤一郎。探偵社で助手のような仕事をしています。」
追い詰められた立てこもり犯だった青年は伺うように謝罪する。あ、意外と良い人だ、この人……。
中嶋は雰囲気から彼がどこか自分と似たところがあると察する。
色々と実の兄妹か疑いたくなるような妹のナオミも続けて紹介され、定番のゲエムであるという前職当てをすることになった。
谷崎兄妹は勘ではあるが正解し、国木田もだいぶ近いところまでは当たったが、どうにも太宰は想像がつかない。
犯罪組織の長のようにも、政府役人のようにも、何にだってみえてしまう。
当て推量はかすりもしない。
しかし70万円の為……!
周りからの注目も顧みず叫んでいると、太宰の隣に座っていた男がくるりとこちらを向いた。
「ふふ。探偵社が一隅ではありませんが、私が手蔓を与えて差し上げましょうか?」
振り向いた顔は今日は遮光眼鏡で隠れている。
しかしその涼やかで落ち着いた声は、間違いなくつい先日聞いた彼のもの。
太宰から名前は聞いていた。A 武郎。
絵描きをしているらしい。
不躾に指を指して叫んだ中嶋に穏やかに微笑むと、今度は谷崎が叫び出す。
太宰とは旧知であるという彼にヒントを貰おうとすると、軽快な電子音がAの懐から聞こえた。
「もしもしーーーはい、分かりました。すぐに戻ります。」
勤め先からだろうか。短く通話した彼は済みません、と申し訳なさそうな口振りで太宰に脇に置いていた包みを渡した。
太宰はそれをなんでもない風に受け取ると、手を差し出す。
あぁ、と小さくAの口からため息が漏れた。
そうして短い握手を終え、身支度を整えたAが出ていく。
すると不思議なことに、足を擦り合わせるほどだった寒さはとんとなくなる。
「あの人ってやっぱり不思議な方ですわね、お兄様。あんなに寒かったのに今はもうすっかりですわ。少し暑いくらい。」
ナオミが云うと、谷崎はその言葉に頷く。
「4年前と顔も変わらないからね、まったく不思議な人だよ。」
そんな中でも太宰はやっぱり女給を口説いていたが、その手はカウンターの下で固く握られたままだった。
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作者名:09 | 作成日時:2019年9月22日 15時